梅林止渇【四】
*
長可と於泉が部屋に通された時、奇妙丸はちょうど書物を閉じていたところだった。
於泉が子猫が耳を垂れ下げたように、
「お邪魔でした……?」
と、恐る恐る不安げに問う。
奇妙丸は笑みを浮かべながら、於泉を手招きして呼び寄せた。
「そのようなことはないから、安心をおし。ほれ、於泉。こちらにおいで。勝蔵も」
ついでのように扱われたことにムッとしながら、長可も於泉に続いて近くに寄った。
於泉は奇妙丸の傍に座ると、ホッとしたように膝を立てた。
「若。今日は、新しく手に入った絵草紙を見せてくださるのでしょう? 楽しみにしていたんですよ」
「うん、少々待ってくれ。今、持って来させる」
奇妙丸は入口のところに控えていた小姓に、絵草紙を持って来るように命じた。
長可は、絵よりも茶器の方が好きだった。茶器そのものの質感や色、形は見ていて心が和むし、茶の湯自体もいい。堺から商人達が来る度に、兄の
今でも、弟達を追い出して兵庫ら家臣達と一緒に茶の湯を楽しむことはあるし、城下の豪商達と茶の湯を楽しむことがある。
しかし、於泉からはイマイチ理解してもらえない。薄茶さえ、於泉は菓子がなければ楽しくない、と不貞腐れる。
(こういうところ、とことん気が合わないんだよなぁ……)
茶の湯と絵。どうしてもここだけは、長可は於泉に同意することができないし、於泉も長可に同意してくれなかった。
奇妙丸は長可と於泉を添わせたいと考えているようだが、於泉の方はどうなのだろう。
奇妙丸のことを、雛が親鳥を追い回すように慕っているこの娘は、いつも通りに素直に従うのだろうか。
それとも、「何でわたしが勝蔵殿になんか嫁がなければならないのですか⁉!?!?!?!?!?」と、激怒するのだろうか。
恐らく、後者だろうか。
黙っていれば、於泉はそこそこ美人で奇妙丸とも近しいので、縁談の申し出はあるらしい。しかし、父である恒興のお眼鏡に叶う男も今のところはいないようだ。
――もし、恒興と生前親しかった可成の息子である長可が縁談を申し込んだら、恒興と於泉はどんな反応を見せるのだろう。
恒興の場合は真顔で
『そういう気持ち悪いこと、二度と言わないでね』
と、冷めた目で言う未来以外、何も見えなかった。
(うん、ねえわ)
於泉の側から「どうか縁談を申し込んでください」と言わない限り長可が於泉を望むことなど、あるわけがなかった。
「なぁに、勝蔵殿」
奇妙丸から絵草紙を借りて覗き込んでいた於泉が首を傾げた。
「変な顔して。見たかったら勝蔵殿も来たらいいじゃない」
「要らん。つーか、普段から変な顔してんのはお前だろーが」
次の瞬間於泉の脚が長可の鼻っ柱を捕らえる。奇妙丸が小姓に手当てを命じているのが意識が飛ぶ直前に耳に届いた。
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