第18話 視察を終えて《表》


「それではまた近日中に会おう」


「この度は良い交渉ができてよかったです。どうかお元気で…」


「お互いにのう」


 そうして案内役の代表でも会った翡翠と短く言葉を交わしてシルヴィー女王は送還陣へと入って帰って行った。

 この場には最初に出迎えた時の面々しかおらず、それもシルヴィー女王の姿が消えると大半が帰って行った。仕事なので一応報告などに向かったとは思うが、中には休憩室に向かう者も居たので少し休むつもりなのだろう。


 今回の急遽決まった異世界からの来訪に向けて急ピッチで準備したので、誰もが普段以上の業務を負担していて疲れていた。

 もちろん、その中には俺も含まれているわけだが…普通に帰宅していた。


「あぁ~……ようやく帰れる」


 家への帰路を歩きながら空を見上げる。

 もう夕方になっていて空は綺麗に赤く染まり無駄に綺麗で太陽の光が鬱陶しく感じる。

 ちなみに翡翠は直接対応した職員という事もあって報告書の制作で今日は泊まり込みだ。学生と言う身分もあるから普段は止まりはないのだけれど、今回は特殊な事情もあるという事で特例として宿泊の許可が出たのだ。


 俺も似たような担当だったがあくまでも主任務は警護と監視、それに急遽テロの阻止やシルヴィー女王との戦いと言った追加の仕事も舞い込んだため、報告書の提出に数日の猶予を貰う事に成功して今日は帰る事にしたのだ。

 ついでに今回の報酬に関しても、後日纏めて危険手当なども含め一括で振り込まれる予定。なにより今も手に持っている余った限定品の甘味の数々もあって俺個人としては大満足だ。


 こういうことがあるから辞めずにいるんだよね。


「……もう少し本気を出してもよかったかな」


 こうして1人で歩いているとつい考えてしまうのはシルヴィー女王との戦いだ。

 もちろん本気を出していなかったわけではないけど、最後に誓ったように本当の意味での本気だったか?と聞かれれば『違う』と断言できる。


 あの時の手持ちの武器は【黒城こくじょう冥鎧めいがい】だけだったし、冥鎧は全力で使うには危険性が高すぎる。

 何故なら、本質的に侵食と言う特性を持っているために手加減が難しい。


 掠り傷でも付けたら勝手に侵食し始めるので、意識して侵食しないように押しとどめる必要もあって戦闘だけに集中するのが難しいのだ。シルヴィー女王との戦いでも楽しんでいたし、完全に殺したり重傷を負わせないように気を付けてはいても全力だった。

 それでも殺しもありの時と比べれば半分ほどの実力だと言えるほどに違った。


 だからこそ楽しい闘争をしてくれた相手でもあるシルヴィー女王には申し訳ない事をしたな…と罪悪感もあった。

 そんな思いもあって再戦を断ることができなかったというのもあったが、一番大きな理由としては単純で『俺も、もう一度戦いたかった』それだけだ。


 少し傲慢にも思われるだろうけど、俺が本気を出して戦えるのは茨木のおっさんのような伝説に語られる存在くらいだった。これは俺の『』にも原因はあるんだが、それだけに退屈だったし全力を出すことが制限されてしまっている。

 さすがに大昔に悪さをしていた茨木のおっさんみたいな事はやってないから、必要だと判断されると瞬時に許可が出るけどな。


「次に力が使えるのはいつかな~」


 制限が解除されると解放感がすごくて本気が出せなくても十分に清々しい気分になれる。

 若干、それ目的で再戦の約束した感もあるけど……気にしたら負けだ。


 という事で、早く帰ってお土産のお菓子でも食べて気分転換しようと足を速めて俺は帰るのだった。



 ちなみに帰宅後、数日居なくなることは伝えていたが仕事の内容を伝えていなかったカレンから尋問を受ける羽目になり。


 勝手に戦闘をしたことで『生で観たかった!』と言う理由で小一時間説教され、罰としてお土産にもらったお菓子は7割を没収されてしまった。

 おかしくないか?俺は悪い事は今回はしていないはずなのに…そんな疑問を抱きながら残ったお土産を食べるのだった。


「ん…やっぱり旨い」


 こうして急遽決まった異世界からの来訪は、最後の最後に微妙な気分になりながらも終わるのだった。


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