第17話 再戦の誓い
戦いでやりすぎた事で説教をされ祝賀会に参加できなかった俺だが、視察は日程通りに行われ退屈そうなシルヴィー女王の相手をして過ごした。
そして今日は最終日で夜にはシルヴィー女王が自分の世界に帰る日だ。
「ふぁ~…」
ここ数日、本当に忙しすぎて疲れがたまっているようで眠気が取れず欠伸が出る。
もちろん人前ではしないように気を付けてるけど、警備が緩んでいるのを幸いに物騒な計画するバカが多いせいで…夜中に毎回なぜか呼ばれて残業だ。
なんとか最終日までは堪えられたけどついに限界に近い状態になってしまった。
そんな状態でも行かなくてはいけない予定が最後の送別会のようなものだ。
最終日なのに大規模な視察は逆に疲れさせて帰らせることになって印象がよくないとの判断で、今日は簡単に幾つかの店に出張してもらって軽いで店外のようにして買い物を楽しむことになっている。
「これは何と言う物なのだ?」
「これはフィナンシェっていうお菓子ですね。他の物もお菓子屋なので食べ物で、札には名前や材料なども書いてあります」
「ほう、そうだったのか…」
出張してもらった高級菓子店の店の前で興味津々なシルヴィー女王を翡翠が丁寧に案内していた。
こういう系統は俺は苦手なので率先して案内してくれる翡翠は正直助かる。他の護衛達も女性もいるが、基本が人生のほとんどを戦闘や魔法の研鑽につぎ込んだ奴らなのでおしゃれな店とかっていう話には疎い。
俺は甘いものは好物なので詳しいんだけど、今はそれどころではない!
「これは数量限定のスペシャルタルト!こっちのは季節限定品の濃厚プリン‼あっちのは前に予約が間に合わなくて買えなかったやつ!」
客人用なのはわかっているけど買いたくても買えなかったレア物ばかり並んでいるんだよ!これで集中できるわけないじゃないか⁉
正直に言って今すぐに食べたい衝動を必死に抑えているので案内どころではないのだ。そんな俺の様子を見て翡翠を筆頭に周囲の奴等が呆れた目で見てきているのは気づいているけど、それも気にならない。
ただ仕事中なわけで自分の趣味に走って言い訳もなくしっかり怒られた。
「まったく…和弥、お前はなんでそう仕事をまじめにやらん」
「真面目にやってますよ。今回だって少しお菓子に興奮して見てはいなかったですけど、ちゃんと周囲に敵意探知の結界は張ってましたし、何かあれば動けるようにもしてありました」
「そういう問題じゃねぇ‼いいか?これは仕事なんだよ。報酬をもらってやるならせめて、働いている間くらいは他から見てもわかるように真面目に行動してくれ」
「えぇ~…結果が伴ってればいいじゃないですか」
「警護とかじゃなければな!今回は要人警護なんだって何度言わせるつもりだ⁉」
こんな感じで同じ内容で20分くらい説教をされた。
なぜなら俺が絶対に素直にうなずかないからだ。いや、別に反抗したいわけではないんだけど、思った事そのままいうといつもこうして説教が長引く。
もはや慣れているので何とも思わなくなってきたけど、茨木のおっさんを筆頭に大人達は俺に時と場合をわきまえろと毎回説教してくる。
言っていることが正しいのは理解できているんだけど、だからと言ってできるわけではないからな。
正直に言って真面目にできるなら交渉の時にカレンに体操作してもらったりしないって話なんだよ。
と言うわけで、なんとか聞き流して終わらせた。
その後もシルヴィー女王にとっては見るだけでも楽しめる物が多かったようで翡翠を連れまわして広大な会場を走り回っている。
やはり見たことのない物を見るのは楽しいという気持ちに異世界人だろうと関係はないんだろ。
ちなみに激レアのお菓子達は会場のスタッフと責任者に交渉して数は少ないけど後で余った分を譲ってもらえるようにしました。変わりに今回の報酬は料金分天引きされることになったけど、悔いはない。
この件に関しても後で怒られたが気にしない。
そうして楽しい買い物が終われば、別れの時はすぐだ。
対外向けの調印式なども完了して、最後に全力で地球を楽しんでもらうための買い物や見物もあらかた終わってしまった。
今は帰りの送還陣のある場所へと向かうバスの中、帰りは少しでもゆっくりしてもらうために速度を通常の車両程度に抑えられていた。
「もう終わりか…長いようで短い楽しい時間だったぞ和弥に翡翠よ」
「ありがとうございます!私も楽しいひと時でした」
「そうだな。俺も楽しかったよ」
「はははっ!2人共わかりやすくていいのう~」
そんなバスの中で俺達は軽く雑談を楽しんでいた。
この数日で翡翠もシルヴィー女王に慣れたようでだいぶリラックスして会話に参加してきているし、おかげで俺が相手をする回数が減って正直かなり楽になった。
だからと言ってシルヴィー女王が俺を無視してくれるわけでもない。
「それで和弥よ。ワシの世界に来るつもりにはなったかのう?」
「それはすでに断っているはずだぞ…一度言ったことを変えるつもりは俺にはない」
こんな感じで事あるごとに俺を自分の世界へと招待しようとするのだ。
毎回はっきりと断っているはずなんだが一向にあきらめる様子がまっくない。
何故、俺に絡んでくる超常種達は話を聞かないんだろう?なんて考えていると、呆れているのが表に出ていたのか翡翠から肘鉄が飛んできた。
「っ⁉おま…強化…して…」
「そうでもしないとあんた防ぐでしょ?」
いたずらに成功したとでも言いたいようにニヤリと笑う翡翠を目の前に、油断していた事もあって完全無防備で肘鉄をうけて動けなかった。と言うか普通に息が苦しい。
なんとか意識はあるからゆっくりと治癒魔術を発動させて回復する。
「はぁ…全力で魔力込めて強化しやがって、危うくミンチになるところだった」
「ハハハッ!本当に愉快だのう‼」
まだ少し違和感の残るわき腹を押さえていると俺達のやり取りを見てシルヴィー女王が楽しそうに笑っていた。人が痛がっている所を見て笑うのは性格が悪いな!とは思うが、口に出すと盛大なブーメランになりそうなので黙っていた。
だって、どう考えても折れも同じ状況だったら確実に笑うからな。
そんな考えを読んでか翡翠はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「何か言いたいのならどうぞ~?」
「てめぇ…マジで後で覚えてろよ」
さすがに少しむかついたので絶対にやり返すと今決めた。
もっとも俺の言葉を受けても翡翠は余裕の態度を崩すことはなく、むしろ楽しそうに笑みを浮かべている。その表情で俺の怒りは更に募る。
「本当に和弥と翡翠は見ていて飽きないのう~」
俺と翡翠のやり取りを見てシルヴィー女王は今まで通り楽しそうに笑顔で言ったが、どこか声には寂しそうに聞こえた。
表情を確認すれば笑顔を浮かべているけど今までのような暖かな感じは完全になくなり、最初にあった頃のような冷たい印象へと戻ってしまっていた。
「そっちの世界はどんな世界なのか聞いてもいいか?」
なんだか空気が微妙だったし、少し気になっていた事でもあったので質問する事にした。
急な俺の質問にシルヴィー女王は驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに優しげに微笑む。
「ふふふ!どうやら気を遣わせてしまったようだのう。聞かれたし答えておくと、ワシの世界は氷で覆われ万物全てが氷より生まれる。もちろん命持った存在も、ワシ自信を含めて氷から生まれる」
そう言うとシルヴィー女王は手で窓に触ると薄っすらと凍り始める。一瞬警戒しそうになったが別に必要ない事を知っているので、すぐに解く。
「このように氷から生まれるワシの世界の者は常に冷気を纏い、冷気を操ることで極寒の世界でも問題なく生きていける。だが、氷から生まれるからゆえに冷気がある限り死ねぬ。別に死にたいわけではないが停滞、いや正確には正解もまた凍っているワシの世界は変化が起こらない…そんな世界でただ変わることなく生き続ける事は多大な苦痛を伴う…」
「「……」」
「結果としてワシの世界の人々は自身を氷の樹などに封じ込めて眠りにつく『いつの日か…変化が訪れた時に…』そんな言葉を残して、皆が眠りについて行く中で世界の維持のためにワシだけは生き続けた…」
思っていた以上に重い話が続き何とも言えない空気が流れる。
と言うか、微妙な空気を払拭するための質問で余計に思い地雷を踏みぬいてしまったようなんだけど…どうしよう。
横から翡翠の刺すような視線が飛んでくる。
そんな周囲の空気をガン無視してシルヴィー女王の話は続く。
「そうして数百年が過ぎた時に、暇すぎてのう『…試したことなかったな』と思って異世界存在の召喚を試してみた結果、この世界と通じた。おかげで和弥のような面白い者とも出会え、ワシの世界にはない知識と物品を持ち帰ることができるようになった!これで永遠の停滞が終わるっ」
感極まったようでシルヴィー女王の目からはほろり…と雪のように少し凍った涙が落ちる。
ここまでの感情を持っているとは思っていなかった俺達は動揺していた。
別に特殊な事情を抱える世界は珍しくない、と言うか何の事情もなく異世界人を召喚しようとする方が稀だ。
しかしこんなに重い話はめったに聞かないし、正直な話としては最初に会った時の印象だけだとシルヴィー女王がそんな事情を抱えているとは思わなかった。
「っ!とにかく、そんな事情もあってのう。ワシの世界としても地球との取引は行幸だったという話だのう‼」
さすがに空気が微妙になっていることに気が付いたのかシルヴィー女王は気丈に振舞って見せた。
「そう言ってもらえるなら俺も戦ったかいもあったか!」
少し無理くりだけど、せっかく本人が気にしなくてもいいような空気を作ろうとしているのだし俺も手伝う事にした。
単純に今の空気に耐えられないっていうのもあるけどな。
いい加減に重いと話したシルヴィー女王も罪悪感で可哀そうだしな。
「もちろんだとも!和弥との戦いは、この地球に来て一番楽しいひと時だったと断言しよう!」
「はははっそれは光栄だ。なら、いつになるかわからないけど…今度はお互いに最初から本気でやろうか?」
「っ⁉あぁ!受けないわけがない。今度はお互いに最初から全力で」
「「最高の戦いを‼」」
打ち合わせしたわけではないけどそろって言った俺とシルヴィー女王は拳を合わせ誓いを立てる。
次に戦う時はお互いに無事では済まないという確信があった。だが、それ以上の歓喜があるだろうという予感に心は跳ねるようで、獰猛な笑みを浮かべて最後には大声で笑い合った。
「はぁ……バトルジャンキーが2人」
後ろで翡翠の呆れた声が聞こえたが気にしない!
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