第11話 氷界の女王戦《1》


 開始の合図に合わせて俺は準備していた身体強化を無詠唱で発動、次の瞬間には俺とシルヴィー女王の距離は目と鼻の先ほどまで縮んでいた。

 

「「っ!」」


 そして同時にシルヴィー女王の貫手と俺の手刀がぶつかり合う。

 ガギィッ!と金属同士が激しくぶつかり合ったかのような音が響き渡り、周囲へは暴風のような衝撃が走った。


「ふふふっ!やはりただ者ではないな」


「はははっ!まだ何も見せていないというのに、判断するには早すぎるんじゃないですか?」


「違いないっ」


 至近距離で短く会話を交わした直後、シルヴィー女王の纏う冷気が急に強くなり俺は距離を取った。

 すると先ほどまで居た場所には巨大な氷柱が生えていた。

 つまり避けるのが数秒でも遅れていれば冷凍保存されてたってことだな…笑えねぇ。


「本気じゃないのは同じってことか…」


 上がっていたテンションは変わらないが頭は冷静になっていく。

 この感覚…本気で戦える時にだけなる深く、深く集中できているという感覚…たまらなく楽しい!

 もちろん完全に本気は出していないけど、だからこそ楽しくてたまらないのだ。


「まだまだ試させてくださいね!女王様‼」


「受けてやろうではないか!」


 心良く頷いて見せたシルヴィー女王のおかげで完全に俺の中にわずかに残っていた躊躇は消えた。

 そして本当の意味での本気を出すための準備を始められる。

 まずは体を温める意味を込めて近接戦を挑む。


 もちろんシルヴィー女王は簡単に近づかせてくれるほど甘い相手ではない。

 接近戦を仕掛けようと態勢を変えると広範囲に放出していた冷気を体の周囲に集め、方向を俺の方へと向けてきたのだ。

 正面から向かってくる冷気は指向性を持った吹雪のように左右に大きく動いても追ってくる。


 だてに氷の世界の女王様ではないってわけだな。

 でも、指向性をもって動くことで予想することも可能になった。フェイントを交えることで回避もしやすくなった。

 しかし完全に回避して近づいていくと左右を冷気で塞がれた。


「まずっ」


 危険だと判断して回避しようとしたタイミングで冷気の帯は弾けた。

 あたりまえの事だった。元々が広範囲に展開していた冷気を操作した物なんだから、元の状態に戻すことだってできないほうがおかしい。

 咄嗟の事だったので防御は不十分で体の表面が少し凍っていた。


 護衛を始めてから念のために断熱結界の魔術や魔方陣も準備してあったので、なんとか耐えられたが少し舐めてたかもな。

 だが、こうでなくては本気を出すには値しないというものだ!


「これで凍らず、更にはよりやる気を滾らせる…和弥も変わっておるのう」


「当たり前じゃないか!普段は制限されて全力では戦えないんだ。こんな時こそ楽しまないと意味がない‼」


 叫びながら俺は身体強化に追加で加速の魔方陣を足元に5重展開。

 いっきに加速した事で周囲の景色は後ろへと飛ぶように流れていき、断熱結界を前面に局所展開することで冷気に対処する。

 本当は完全なレジストしたいところだけど…今はこれでいい。


 覚悟を決めて冷気の壁を突き抜けると楽しそうに笑みを浮かべたシルヴィー女王が待ち構えていた。


「よくぞ抜けてきた!」


 そう言って両手に氷で出来た剣を持って切りかかってくる。

 いままでは強力な冷気を操る能力に目が行きがちだったけど、こうして見ると剣の腕前も達人以上に高い。

 でも近接戦なら俺もかなりの物なんだよ。


「っ‼」


 吸い込んだ息を一瞬で吐き出して、俺は両手を包むように結界を展開して氷の剣と打ち合う。音は最初の時と同じように金属童子が激しくぶつかり合うように甲高く、周囲の地面は衝撃でわずかにひび割れ始めている。

 周囲の状況を気にしている余裕なんてものは俺にはない。本当に何度でも言うが…楽しくて仕方がないんだ!


「「はははははは!」」


「結界をそのように使おうとはな‼」


「そちらこそ!ここまで近接も強いとはね‼」


「「もっと見せろ‼」」


 もはや俺とシルヴィー女王は周囲に観客がいることなど忘れ、完全に自分達だけの世界へと入り込んでいた。

 そして数度打ち合うと俺の結界が先に砕かれた。


「ちっ…やっぱり強度は足りないか」


 砕かれた瞬間に隠して準備していた爆炎の魔術を煙幕代わりに発動して距離を取る。更に別で誰からも見えないように服の下で魔術陣と魔方陣を準備しておく。

 次の瞬間には爆炎は冷気によって完全に消され、冷気を推進力にしてシルヴィー女王は超速で仕掛けてきた。


 1秒にも満たないわずかな間に目と鼻の先に氷の剣先が迫っていた。

 そんな顔に刺さりそうな剣を見つめながら俺は…今日一番の笑みを浮かべる。

 まだ全力全開と言うわけではないけど切り札の一つを切ることにした。


「やっぱ最高だ!!!!」【黒城こくじょう冥鎧めいがい


 名称を唱えると瞬時に俺の体を黒い影が覆って、その陰に触った氷の剣は黒に浸食された。

 徐々に黒く、黒く染まって手元に届きそうになった時シルヴィー女王は県から手を放して距離を取る。すると完全に黒く染まった剣は空気に溶けるように消えてしまった。

 その光景を見てシルヴィー女王は戦いが始まってから初めて驚愕の表情を浮かべた。


「…それはなんだ?」


 そして目の前で靄のようだった影が晴れ、ハッキリ見えるようになった俺の格好を見て問いかけてきた。

 なにせ今の俺は先ほどまでの警備用のスーツは影も形もなく、黒く光沢のあるレザーコートに赤と黒の脚甲に攻撃的なデザインの手甲を身に着け、鬼の口を模ったマスクを付けている。

 ついでに身に着けている、これらは常に周囲の物を侵食してしまう性質を持っていた。


「これは俺の家に伝わる『封印武具』の一つ【黒城こくじょう冥鎧めいがい】文字通り鎧の一種ですよ。ただ鎧と言うには攻撃的で触れた装着者に害ある物を侵食してしまうし、なんなら着ているだけで周囲の物も徐々に侵食してしまうんで武具なんですよ」


「封印武具…そんな物もこちらの世界にはあるのか…」


「持っている人は少ないですけどね。なにより驚くこともないんじゃないですか?」


「…どういう意味だ?」


 少し挑発的に聞いたがシルヴィ女王の表情は冷めていて、こちらの真意を探るような感じだった。

 この表情は俺の予感は当たってたみたいだな。


「シルヴィ女王、あんたの冷気も制御されている…いや、自ら封印していると言った方が正確か」


「っ!ほぉ…よく気が付いたではないか」


「俺も似たような状況だからな。何か窮屈そうに戦っているのは見ればわかる」


「なるほど…」


 納得したように頷いたシルヴィ女王は何かを考えているようだった。

 だけど悠長に考え終わるのを待っているほど俺も優しくはないんだよ。


「という事で、話は終わりでいいですよね!」


「あぁ!好きにかかってくると良い‼」


 こちらが殴り掛かるとシルヴィー女王は嬉しそうに笑みを浮かべて受け入れた。

 やはり、この人も俺と同じように開放感のある戦いに途方もない喜びを見出しているのだ。


 ゆえにシルヴィ女王も自身の枷を一段階外す…


『我、眠るは氷棺ひょうかん


『溶けることなき、氷の棺は今…開く』


『溢れ、零れ、満ち…すべてを凍てつかせる氷界は我の中!』


氷精礼装ひょうせいれいそう‼』


 俺の攻撃を躱しながら行われた詠唱。

 その詠唱が終わった瞬間、いままでとは比べ物にならない冷気が場を突き抜けた。冥鎧のおかげで俺は影響を受けることはなかったが、闘技場は結界の淵までを分厚い氷が覆い、完全に氷の世界と化していた。

 さすがにこの状況はよくないな。


『黒界よ、広がれ』


 短い、本当に詠唱を口にすると冥鎧の纏う影が広がり俺の周辺から徐々に黒い影に浸食されていく。

 しばらく冷気と影はせめぎ合い、やや俺の影の方が押されるような形で止まった。


 そして冷気の嵐によって見えなかったシルヴィー女王が見えるようになった。

 氷のように透き通った記事で出来たドレスを身に纏い、氷の結晶のような髪飾りで髪型もまとめ上げられ大きく変わっていた。

 何より一番大きな違いは背中から生えている氷の羽。


 羽からは鱗粉のように見える細雪が舞っている。

 幻想的にも見える姿に俺は戦う相手として素直に恐怖を感じて、思わず乾いた笑いがこぼれた。


「ははは…これはまた、氷の女王と言うか…氷の妖精や魔王って感じだな」


「ふっ誉め言葉として受け取っておこうかのう」


 思わず漏らした言葉にシルヴィー女王は楽しそうに笑顔を浮かべる。

 でも漏れ出る冷気の鋭さは増していて、展開している影にかかる圧が少し強くなっている。まだ俺にも余裕があるから押し切られる事はないけどな。

 だが、やられてばかりと言うのは性に合わない!


「えぇ誉め言葉ですよ。なので、お互いにもう一段階上げて戦いましょか!」


「望むところよ!」


 俺の周りの影は波打ち荒ぶり、シルヴィー女王の冷気も強くなり空中に氷柱が何本も現れた。

 そしてお互いに視線が合うと笑みを浮かべ、全力で影と氷柱を放った。

 これが本当の意味での戦いの始まりとなった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る