第10話 月面の闘技場
翡翠の尋問…ではなく質問をやり過ごして少しすると魔導学バスの速度が上がって窓ガラスは黒く染まり風景が見えず、振動なんかで道順を把握することすらできないようになっていた。
「本当に機密なようじゃのう。ここまで厳重とは…」
同じ組織内の人間にまで徹底した場所の秘匿にシルヴィー女王も驚いているようだな。でも仕方ない事だろう。
正直、俺も初めてあの場所に行った時には厳重すぎて驚いたからな。
きっと着いたら別の事で驚くと思うけどね。
「何をニヤニヤしているのかしら?」
そして無意識に表情に出ていたみたいで気が付いたら目の前には何やら不機嫌そうな翡翠の顔があった。
「この後の事を考えてただけだよ」
「やっぱり…和弥はこの後なにをやるのか知ってるのね?」
「知ってる。けど、今教えると面白くないから教えないぞ」
「……はぁ」
「溜息ついても教えないからな」
これ見よがしに目の前で溜息をつかれたが教える気はないと伝え、俺は暇つぶし用に流されてる映画を見ることにした。
それを横目に見たのかシルヴィ女王が興味を示して翡翠に説明を求め、おかげで面倒な追及から逃げることができた。
それからしばらくして本来なら数秒もあればつくこともできるんだが、それだとシルヴィー女王なんか一定以上の力の持ち主には見破られることあるからな。俺も自分で見破った結果…無駄に気に入られてしまったんだよ…あれはミスだった。
なんてことを考えてながら映画を見て30分ほど経つとバスは停車した。
「よし到着だ。全員下りていいぞ~」
停車したと同時に茨木のオッサンは軽くそう言って手を振りながら一番に降りて行った。
相変わらず自由に行動するオッサンだが、おかげで俺も自由にやれるから文句も言えないか。
「さて、このまま残りたい奴らは残ればいい。降りたい奴は、さっさと降りろよ時間がもったいないからな」
という事で俺も無駄に誰かを待つのなんて御免なので急かすだけ急かして、文句を言われたりする前に速足で降りた。なにせ後ろに思いっきり目の吊り上がった翡翠が立ち上がったのが横目に見えたしな。
降りた場所は暗い通路の中だが少し先には光が見えるようになっている。
その光に向かって外に出れば俺にとっては懐かしい光景が広がっていた。
頭上に広がるのは美しい満点の星空。しかもこれは人工物ではなく本物で太陽も見えていたが、後で驚いて唖然としている奴らの理由は別にあった。
太陽以上に近く、そしてどこまでも美しい青い星『地球』を眺めることができたからだ。
「ここが今回の試合会場として俺等が用意した場所【ムーン・スタジアム】だ!」
誰も話を聞けるような状況じゃないのに全員の前、スタジアムの中央で仁王立ちした茨木のオッサンがスタジアム内に響き渡るほど大声で自慢している。ただ言わせてほしいのは自分で作ったわけでもないし、所有者でもないのに自慢するな。
絶対口には出さないけどな。
「さて、俺とシルヴィー女王以外はそっちの係員の案内にしたがって移動開始!」
「「「「え」」」」
「いいから混乱してるやつは指示に従う!」
「「「「は、はい!」」」」
あまりにも動かない他の視察メンバーが少し邪魔だったので声にちょっとした魔術込めて命令してしまった。
これでも一定以上の強者には通じない。今回の場合だと翡翠やシルヴィー女王などが通じていないようだな。
「翡翠も聞きたいことはあるだろうけど、今は案内に従って移動しておけ。どうせ、なんとなく訳は分かってんだろ?」
「はぁ……なんとなくはね」
本当にあきれ果てたように溜息を吐き翡翠は頷いた。
やっぱりだてに何年も幼馴染をやっているだけはあるな。俺の本当の実力も知っているし納得するのは当たり前だけどな。
「なら、安心して行けるだろ?」
「安心できるかどうかは関係ないけど…もうっ!あとでご両親に報告するからねっ」
「ちょっ⁉それとこれは別問題!おいっ!話聞け‼」
そして幼馴染なだけに的確に弱点を突いてくる。
というか本当に親に連絡されるのは不味い。なにせ一度だけ知らせずに全力で戦闘したら2時間近い説教を食らったことがあるのだ
あの時はなぜ起こられたのかわからなかったし、今もよく分かってはいないけど本当に長いし…めんどくさいんだよ。
だが、俺が必死に止めても翡翠が聞いてくれるはずもなくスタスタと案内に従って客席へと向かっていった。
もう仕方ないので後々の面倒事は未来の自分にまかせて、今は目の前の問題に向き合う事にしよう。
「…それでシルヴィー女王様?この闘技場はお気に召しましたか?」
「あぁ…これで気に入らぬという者は眼が死んでおると断言しよう」
そういったシルヴィー女王の視線は一度も俺に向くことはなく自頭上の星空にくぎ付けだった。
正直なところ俺も同じように目の前の景色に浸りたいところだ。
めったに来れないからこそ、ゆっくりと横になって眺めたいと一度見てからは何度となく思っていた。
でも、ここは闘技場で来るのは戦う時か観戦する時だけ、頭上だけ見ていると身の危険がありすぎるんだよな。
だが気に入ってもらえたのは素直に嬉しくも感じる。
「なら、よかった。俺もこの景色はお気に入りですから」
「それは良い趣味をしている。なにより、このような場所で戦えると思うと否応なしに気分が高揚するではないか!」
「まぁ~言いたいことはわかりますけどね~」
確かに綺麗な景色の中で戦うとテンションが上がってくるからな。
でも、今は普通に景色を楽しむ会話をしたかったな…と言う気持ちから少しおざなりに答えていた。
シルヴィー女王は特に気にしていないようなので別にいいか。
そうして風景を楽しみながら2人で軽く話していると準備が終わった。
「おう、少し待たせて悪かったな。ようやく被害が出ないように結界を設置完了だ」
「思ったより時間が掛かりましたね?」
これは割と本心だ。闘技場と言うだけに、ここには被害を抑える結界は世界最高峰と言って過言でもないのだ。
なのに10~20分も掛かるとなるとだいぶ大規模な結界を張ったのだろうけど、それにしても時間が掛かりすぎだと思った…ので素直に伝えた。
「ふっ!相変わらず生意気な奴だな。あと客観的に自分と今回の相手の実力を考えろ。通常の手順通りの結界で耐えられるとでも思ってるのか?」
「ん~……そうですね。出力を3倍にして、3重で展開すればギリってところじゃないですかね」
「わかってるじゃないか。だから耐えられる結界になるように術式を変えて、発動者すら上位の物に変えてやったんだ。少し時間が掛かったくらいで文句言うな」
「わかりましたよ」
そこまで手配させたのなら、さすがに文句は言いずらいので大人しく引くことにした。ただ本当に結界の強度が大丈夫かは少し心配なんだけど、ダメでも俺の責任じゃないし別にいいな。
というか、逆に本番で意地でも砕いてやりたくなった。目の前でどや顔されるのって想像以上にムカつくんだよ。
内心、ちょっと物騒なことを考えていると時間を確認した茨木のオッサンが話を進めようとしていた。
「じゃぁ…もう文句もないようだし、シルヴィー女王様に和弥…所定の位置についてくれ」
そう言うと茨木のオッサンは端末を操作すると闘技場の床に2本の線が引かれる。相変わらず無駄に最先端技術がつかわれてるんだよな。
と思いながら、丁寧なことに俺の名前の掛かれている方の線に立つ。すると線は自然と消える。同じように俺と向かい合うようにシルヴィー女王も立っていた。
「さぁ~満点の星に恥じぬ戦いをしよう‼」
「どこぞの魔王のようにも見えるけど、そうだな。この風景を忘れさせるほど楽しませてあげますよ!」
この場所に来て俺も本格的にテンションが上がってきているようだ。もう少し流すような返答でもよかったんだけど、挑発的な笑みを見て気が付いたら全力で答えていたよ。もっとも後悔はしていない。
なにより本当に制限なしの本気で戦えるというのはめったにない事なんだ!それを遠慮したりなんてもったいないことできるはずがないだろう。
そう思えば思うほどに俺は自分の口角が上がっていくのがわかった。でも止められない、止める気もない。
もはや最高潮まで俺とシルヴィー女王のテンションが上がってるのを確認した茨木のオッサンは、同じように心の底から楽しそうに笑みを浮かべ拡声魔方陣を展開した。
『両者共に十分にやる気をたぎらせているようだ。ルールは単純『自由にやれ‼』これだけだ。命に係わる怪我を負おうが、命を落とそうが全てを治せる準備はしてある!両者共に全力を出して挑め!』
「はいはい」
「わかっておる」
『…話をちゃんと聞く気もないようだな。では……始め‼』
適当に答えられてこれ以上話しても無駄だと判断した茨木のオッサンが拡声魔法が必要ないくらいの大声で宣言する。
その瞬間を待っていた俺とシルヴィー女王は、次の瞬間には武器を交えていた。
こうして親善試合とも言える戦いが幕を開けた。
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