第12話 氷界の女王戦《2》
お互いに同時に放った影と氷柱は空中でぶつかり合うと弾け飛んだ。
この結果はなんとなく予想できていた。なので動揺する事なく、俺は次の手へと移る。
『黒よ硬く、鋭く、走れ』
そう命じれば影に浸食された地面は鋭利な刃となってシルヴィー女王へと向かっていく。速度も銃弾など目でもないほどには速いが、進路上に次々と出現した氷壁によって止められてしまう。
だが防御したという事はダメージを入れられるという事だ。
『黒き刃となって我が手へ』
影がうごめいて一本の刀となって俺の手に出現する。見た目は装飾などはなくシンプルだが、凝縮された影は特殊合金の壁でも紙のように切り裂くことができた。
前に試した時は想像以上の切れ味に建物ごと切って死ぬほど怒られたけどな。
その影の刀を手に更に言葉を紡ぐ…
『黒よ集え、我へ纏え』【
すると周囲を侵食していた黒い影は俺の体の周囲へと集中、次第に体を包んで影で出来たコートのような形へと変える冥鎧の技の一つ【影織】だ。
しかしシルヴィー女王も大人しく様子を見ていたわけではなかった。
視線を向けるとシルヴィー女王の周囲には氷で出来た巨大な狼が二体現れ、待ち構えていた。
「どうなるか、やってみるしかないよな!」
どう見ても強敵に見えるオオカミの出現は警戒するには十分だが、考えていても解決するわけでもない。という言い訳を決めて楽しむこと優先で突っ込む!
そんな俺を冷静な目を見ながらシルヴィー女王は二体の巨狼へ指示を出す。
「迎撃せよ」
『『ヴロォォ――――――‼』』
獰猛な獣の咆哮を上げる巨狼は指示に従い俺に襲い掛かってくる。
速度は並み自動車では負けるほどに速く、獣特有の縦横無尽の動きも合わさって死ぬほど読みにくい。
でも、今の俺は別に読む必要も迎撃する必要もない。
『『ガァッ!』』
本当に一瞬の瞬きのタイミングで仕掛けられた完璧な前後からの挟撃。
普通だったら対処するのは困難だが、夜織を使っている間は俺に対して絶対に攻撃は届かない。
その証拠に巨狼は2体共にしたから湧き上がってきた影に絡み取られ動けなくなっている。必死に解こうと暴れているが解けることはない。
こうして動きさえ封じてしまえば後は、刀で首を狩るだけ。
『『ッ』』
「残念だったな…」
首を狩っても氷で創られた巨狼は死なず冷気を吐こうとしたが、吐き出されるよりも早く影が口を縛っていた。その可哀そうにも見える巨狼に最後の言葉をかけ陰で圧し潰し俺は進んだ。
そんな光景を前にしてシルヴィー女王は呆れたような表情を浮かべていた。
「まったく和弥よ。お前は本当に規格外だのう…ワシの氷狼をこうも簡単に消すか」
「ははは!ここまで扱えるようになるのは大変だったからな。むしろ、この程度できなければ冥鎧は身に纏えないんだよ」
この発言は何の謙遜でも自慢でもなく事実だ。冥鎧を身に着ける条件はシンプルだが、シンプルなだけに少ない。
なにせ『侵食される事のない体を持つ』か『侵食を完全に支配する』このどちらかを達成していないと身に付けられない…と言うか、身に着けた瞬間に黒に浸食されて1分経たずに完全に影となって消えてしまう。
ちなみに俺は後者、侵食を完全に支配している。
もっとも、さすがに1日以上もの間は支配が続かないので普段は封印しているというわけだ。
「なるほど、強さ相応のリスクは存在するというわけか」
「当たり前のことだな。この世にリスクのない物なんて存在しない。効果が高ければより高いリスクがあるもの、でもだからこそ挑む価値がある。違うか?シルヴィ女王様」
「ふっ…本当に気が合うようだのう。では、ワシもリスクを背負って見ようか!」
そう言うと今までにないほど強く冷気が吹き荒れ、しかも冷気の温度も極端に下がった。証拠に複数展開されている会場の結界の内側にまで氷が張り始めている。
吹雪のように吹き荒れ始めた冷気に警戒を強めると、俺が反応する間もなく夜織の方が先に全身を包み込むようにドーム状になって防いでいた。
この変化に俺は本当に驚いた。
何故なら、全体を守る形態を選んだという事はそうしないと守れないと冥鎧が判断したという事だからだ。
そんな現実に乾いた笑いが零れる。
「おいおい…さすがに驚きだな」
「ふふふっ!ようやく脅かせることができたようで嬉しいのう。だが…まだまだ序の口だぞ?全力で対処して見せてみよ‼」
「ちっ!」
ようやく俺に警戒させられて嬉しいようで満面の笑顔でシルヴィー女王は他を振り下ろした。
すると冷気は暴風となって向かってきた。
自動的に反応した影が前面へと集中する形で防壁を強化した。つまりはそこまでしないと防げないと判断したという事だ。
ジッジッジッ!と冷気がぶつかってきてから音が続く。
音の違和感に視力を強化すると理由はすぐに判明した。冷気の暴風の中にある氷の結晶一つ一つが刃の形へ整えられ、風の勢いに乗って襲い掛かってきていた。
もし夜織にしていなければ反応が遅れて、体の全面は削られていた可能性が高い。
「なんつうえげつないっ」
極寒の冷気のミキサーのような技に思わず悪態を吐く。
この攻撃は並大抵の者では一瞬でミンチ、ある程度の実力があっても耐えられるのは数分もてば幸運と言ったとこるか。
そして常に攻撃を繰り返すような暴風なだけに俺も困っていた。
何故なら夜織を使用中は自動防御をしてくれる冥鎧だが、困ったことに完全防御態勢になると移動が極端に遅くなる。
更に影を常に圧縮している状態が【夜織】なので、この状態だと周囲への侵食を使用できない。おそらく拘束した巨狼を俺が侵食して消すのではなく、直接攻撃して倒した事でバレたんだろうな。
少し迂闊だったと反省はしたが後悔はしていない。
この場合は最適な行動だったと思っているし、なによりも今は刃の吹雪を対処しないといけないからな。
「熱はかなりの高温が必要、すぐに用意するのは無理。なら弾き飛ばそう」
『黒よ渦巻け、吹き上げろ』
この極寒では即興で発動できる魔法では対応できないゆえの命令。
言葉に従い防壁の形状になっていた影は形を変えて高速回転を始める。隙間からわずかに抜けた氷が肌を裂き、冷気が流れた血を凍らせ凍傷になりそうだ。
でも…
「関係ねぇ――――!」
声を張り上げて気合を入れる。
それに合わせて冥鎧へと魔力を多く送り込む。すると回転速度と影の密度が一気に上がる。
これがまだ使っていなかった冥鎧の効果の1つだ。魔力だけではないけど、対価となるものを与える事で全性能を大幅に強化できるっていうね。
もちろん生半可な対価では大した強化にはならないけど、俺の魔力は通常の物より純度が高いようなので大量に送れば十分に強化できる。証拠に回転速度を上げた影によって旋風が起こり周囲1mの冷気は弾け飛び、氷の刃はことごとく砕け散った。
ただこれで満足するほど俺は甘くないんだよ。
『貫く渦と成れ』
この一言で回転を続けたまま向きを変えてシルヴィー女王へと放たれた。
ドリルのように一直線に放たれた回転する影は暴風の冷気を旋風によって弾き、圧倒的速度で突き進んだ。
向かってくる影のドリルの先を見つめながらシルヴィー女王は、やはり動揺一つせずに笑みを浮かべていた。
「さぁ…まだまだ死ぬなよ?」
「ッ⁉」
轟音の中、不思議とハッキリと聞こえたシルヴィー女王の言葉に悪寒を感じて夜織を解除。自由に操作できるようになった影を踏み台にして跳び上がった。
次の瞬間、先ほどまで居た場所に何もない空間から現れた氷が四方から貫いていた。
目の前の現象に俺は動揺していた。
今日の朝にも似たような光景は見たが、やはり何も全長を感じられなかったのだ。つまりは魔法でも魔術でもなく、精霊術にも近いが違う何か別の力という事になる。
何故なら俺は精霊術なんか特殊な物であっても感じることができるからな。
こういう超常を起こせる力の中でも『○○術』と呼ばれるものは、動力となる力を使用して空間や物体に作用している。その前兆とも言えるものを感じ取ることで回避や防御を行う事もできるのだ。
しかしシルヴィー女王の力はこのどれにも当てはまらない。
なので考えられる結論は1つしかない。
「はははっ!やっぱり権能持ちか‼」
『権能』と呼ばれる力は昔から存在するが、超常が公開された現在でも解明されていない神秘の1つに数えられている。
そして俺が魔術師として研究している物の1つが『権能』だった。
ゆえに俺は溢れ出る喜びの感情を抑えられない。
「もっと見せてくれ!近くで、体感させてくれ‼」
「なんだか和弥、お前がわかってきたのう‼」
もはや最初に会った時の畏まった態度も、普段見せている慇懃無礼なふるまいも忘れて好奇心に突き動かされている俺を見てシルヴィー女王は楽しそうに笑い返してくれた。
なにより権能を見せてもらえた礼をしないといけないだろう!
『開け冥鎧、汝の枷をこの一時解放しよう!』
『影よ、冥を司る影よ』
『汝にひと時の自由を与えよう』
【
落下しながら全力で力を込めて言葉を紡ぐ。
全てを言い終わった時、俺の体を包み込むように漆黒に包まれ球体となり繭のようなる。
これでいい、数秒動けないが関係ない。
羽化した時に本当の意味で本気を出して相手する事ができるようになるのだから…
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