第6話 視察一日目終了

 植物園の視察を終えた時のシルヴィー女王はやっぱり何か目玉の物が有ると期待していたようで、面白いほどわかりやすく落胆していた。と言うか少し笑みが漏れてしまって翡翠に肘鉄を喰らった。

 別に本人には気が付かれなかったのだし勘弁してもらいたい。


 それでも俺の無言の抗議を無視して翡翠の案内で視察は続いた。

 次に向かったのは俺達とは別の会議で決定された魔力ではないエネルギー、太陽光発電所や火力発電所などの発電施設の見学だ。小学校の時に社会科見学で一度言ったが何が楽しいのかあまり理解はできなかったが、大抵の異世界は魔力やら地脈なんかをエネルギー減として成り立っている世界が多い。

 だから他のエネルギーに関する話は受けがいいから選ばれたんだろうけど、今回は完全に間違いだと俺は思った。


「ここはどのような施設なのだ?」


「こちらの施設は魔力とは別に電力と言うエネルギーを太陽の光や熱などを利用して生み出す場所になります」


「ほぉ…そうなのか」


 一応興味はあるようだったけれど植物園の時に比べると、どこか冷めているように見えて質問して確認はしているが事務的だった。

 それでも為政者として私情を抜きにして真面目な本格的な視察をした。


 正直シルヴィー女王よりも俺の方が途中で眠くなっていたけど、あらかじめ最初から予想できていた事なので眠気覚ましの魔法を付与した物を身に着けて来たので問題ない。

 こうして真面目な視察を終えると時間的に昼食時になっていた。


「いい時間ですし昼食のために移動しましょうか」


「異世界の食事か、これは楽しみだのう」


 少しだけ退屈そうにしていたシルヴィー女王も『異世界の食事』という言葉には興味をひかれたようで、最初のころと同じような笑みを浮かべていた。

 その表情を確認して翡翠や警備達は安心しているようだった。だから最初から真面目な場所は止めたほうがいいと言ったんだけどな。


 今回は『あくまでも視察として来ているので、真面目なところの比重を多くしないと後々大変なんだ』と疲れた表情で言われて却下された。

 まぁ言いたいことはわかるのでしつこく言ったりはしなかったが、こうしてあからさまに両極端な反応をされると複雑な気分になってしまうものだ。


 もちろん口に出して何か言ったわけではないから翡翠達はすでに移動していた。

 俺は少し気になることがあったので少し考え事しながら止まっていただけのことだ。


「さて、何かあったのか?」


「……これだ」


 姿は見えないが呼びかけると返事が返ってきて目の前に何かの資料が落ちてきた。

 今話しているのは警備のためにマギルティアの本部から来た調査部署所属のということしか俺にもわからない。

 なにせ調査部署は存在は認知されているが正式な名称、所属している者の種族はおろか名前や能力もほとんど出回っていないのだ。一つだけわかっている事は所属している者達は影や光あるいは空間などに潜んだり、同化することができるということだけだ。


 聞こえてきた声も機械的でどこから聞こえたのかも俺は理解できなかった。

 とりあえず何度か一緒に仕事をしたことはあったが調査部署のやつらはいつもこんな感じなのできにしない。それよりも今は目の前の資料のほうが気になるから拾って目を通す。


「…ちっ!めんどくさいなぁ…」


 書かれていた内容にはかな~り面倒ごとの予感のするもので思わず舌打ちしてしまったけど、別に誰もいないから気にしない。

 なによりも今はめんどうごとの匂いのする物の処理が先だ。


「この件については了解したと伝えておいてくれ。今夜中には全て片付けておく」


「承った…」


 短くそう答えると薄っすらと周囲全体から感じていた本当に薄い気配が完全に消えた。同時に持っていた資料も空気に溶けるように消えていた。

 これは機密性の高い書類に付けられるようになった魔法で『書いた本人・運搬する者・受け取った者』の3者の手に渡ってから5~10分の経過で消えるように任意で設定できるようになっている。


 つまりは先ほどまで見ていた書類は機密書類ということだ。


「はぁ…今日は楽な仕事だと思ってたんだけどなぁ~」


 ただ案内しているだけで一緒に観光地や普段入れないところに行ける程度の気持ちだったのに、だが仕事は仕事でお金を貰うからには完璧に終わらせる。…場合によっては少し手を抜くけどな。

 もっとも話している間に先に行った翡翠達に追いつかないといけないのが一番面倒だったりするんだけどね。



「遅い!」


 そして全力で走って追いついた俺に対して翡翠の第一声はこれだった。

 いや、確かにバスの出発を待たせていたから怒られるのは仕方ないんだけどさ?でも客人も乗っているバスの中で怒鳴らなくてもいいだろう。


「何か不満でもあるんですか?」


「待たせたのは悪かったと思っている。でも、時と場合はしっかり考えろよと言いたいだけだ」


「え…」


 なんか面倒になって俺がストレートに言うと翡翠は一瞬固まるとゆっくりと周囲を見回した。そこにはシルヴィー女王を始めて同行している護衛達が居て全員が大なり小なり迷惑そうに見ていた。

 今になって周囲の事を意識して状況を理解すると翡翠は恥ずかしそうに顔を赤くして静かに元の席へと戻って行った。最初から気を付ければいいのに感情が高ぶると周りが見えなくなるのが欠点の一つなんだよな。


「騒がせてすみませんでした。もう大丈夫なので移動しましょう」


 このままと言うわけにもいかないので自分でも少し気持ち悪いが、何とか丁寧な口調を心がけて提案できた。なんとなく周りの奴らの表情を見るになんとなく言いにくい空気だったのもあって、どことなく安心しているように見えバスは移動開始した。


 移動は時間にして数分程度なので会話という会話はなく、後ろへ流れていく景色にシルヴィー女王は楽しそうに眺めていた。そこには初対面の瞬間に感じたような冷たさは感じないが、どうしてもあの時の氷のような空気は忘れらなかった。


 そんなことを考えているうちにバスは貸し切りにしているホテルに着いた。


「ここが昼食の場所で本日の宿泊先になります」


 先に降りていた翡翠が目の前の見上げるほど大きなホテルを背にして説明していた。

 ただシルヴィー女王は見上げるほど巨大な建物を興味深そうに眺めていて半分も聞いていないとは思うがな。


「こちらは普段は一般の方も利用しているのですが、今回のような特別なお客人を招く際には貸し切れるようになっている特別なホテルとなっています。外装などは魔術などによって強化されていて隕石がぶつかっても傷はおろか、内部に衝撃すら届かないようになっています」


 誰も聞いていないのに翡翠は必死に覚えてきた知識を思い出すことに集中しているようで、事情を知っている者は生暖かく見守っているんだけれど…それどころではないんだよ。


「外から見ているのもいいけど、中はより豪華なのでそっちも見に行きましょう」


「うん?そうなのか。では楽しみにさせてもらおう!」


「ほら、翡翠も腹減ったし中行くぞ」


「え、あぁ~そうね。確かにその通りね」


 めんどくさい…という本音は隠しながら本当に腹も減っていたので翡翠とシルヴィー女王の2人を中へ入るように誘導した。とりあえず案内役としての仕事はしたし、先ほど届いた本当の意味でのめんどう事の件もあるので視察はスムーズに素早く終わらせて準備のために帰りたい。


 ただ周囲に変に思われても極秘の情報だから説明できないし、その辺は最低限気を付けないと大変なことになるからな。


 今回は遅れないようにちゃんと翡翠達の後についてホテルの中へと入って食事をするために用意されたレストランフロアへとやってきた。

 食事の内容だがシルヴィー女王の世界の食文化がわからないので、地球の料理を大量にバイキング形式で用意してもらっている。最後に移動中に食べたもののアンケートに答えてもらって、宿泊期間中の食事の傾向を決めるようになっていた。


「おぉ!こんなにいくつもの料理があるのか‼」


 そして大量に並ぶ料理を目の前にしたシルヴィー女王は子供のようにはしゃいでいた。なにせ近い順にどんな料理が乗っているのか興味深そうにうろちょろお見て回っていたほどだからな。

 この反応だけでも元の世界の食文化が発展していないのはわかった。


「好き嫌いもあるとは思いますが、まずはお好きなように食べたいものを取って召し上がってください。好みの合うものも見つかると思いますので」


「うむ!ではそうさせてもらおう。ただ作法のようなものがわからぬのだが?」


「特に難しい作法などはなく好きな料理をさらに取り分けて、お好きに食べていただいて大丈夫なのですが…不安なようでしたら先に私が実際にやって見せましょう」


 ようやく張り詰めたような空気にも慣れて緊張のほぐれてきたのか、いつの間にか翡翠は口調こそほとんど変わらないが率先してシルヴィ女王の相手をしていた。

 おかげで食事の間は俺は特に何かする必要もなく無事に終わった。付け加えることがあるとすればシルヴィー女王の好みは大雑把には辛い物は嫌いで、すっぱい物は好きといった感じだった。


 この食事の件もあって残りの視察先でも翡翠が主に案内を務めて、たまにストレスが限界に近づいたように見えた時に俺が変わって視察の一日目は何とか乗り越えたのだった。


「ふぅ…今日は1日とても楽しかった。また明日も案内よろしく頼むぞ」


「楽しんでいただけたようで何よりです。明日からの視察でも楽しんでいただけるように頑張ります」


「右に同じ…じゃなくて、頑張らせてもらいます」


「うむ、楽しみにしている!」


 ようやく視察の1日目の予定をすべて消化して昼食時にも訪れたホテルでいったんの別れの挨拶を俺たちはしていた。思わず本音が漏れかけたけど何とか問題なく別れも済ませたので、すごい形相で見てくる翡翠に捕まる前に俺は自分用に用意された部屋へと逃げ込んだ。


「…よし、とりあえず1日目は無事乗り切った。と言ってもまだ寝れないんだけどな…これって時間外労働になるのか?」


 正直に言ってすぐにでも眠りたいところではあるんだが今回は案内兼護衛である以上、問題になる可能性のある事は事前に処理しないとな。


「まずは合流が先か…」


 どうしても憂鬱な気分になるのを抑え窓から外に出て、書類に記載されていた合流場所へと向かうことにした。やっぱりさぼるのはダメかな?

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