第5話 蒼天植物園
「ほぉ…これはまさに蒼天だのう」
植物園に入ったと同時にシルヴィー女王は足を止めて上を見ていた。
そこには室内なら当然見えるはずの天井ではなく雲ひとつ存在しない、何処までも澄み切った青い空が広がっている。
その様子を見ていると俺も自分が初めてこの植物園に来た時を思い出して少し懐かしい気持ちになって来る。なにせ建物の中に入ったはずなのに目の前には植物が生い茂って、頭上には青空に太陽すら登っているのが見えて驚かない者はいないだろう。
ただ懐かしんでいても仕方ないし、なによりも一応案内役と紹介されて来ているし租劣敗ことをするか。
「この蒼天植物園は文字通りの『蒼天』を人工的に再現して、自然に近い環境で植物を育てているんです。そして特筆するならこの規模の天候を再現された植物園はここだけと言うところですかね。他にも外の時間と連動して夜には満天の星空が見ることが出来ます」
「ほぉ…と言う事は植物園以外では、まだこのような場所が存在すると言う事か?」
ちょっとわざと含みのある感じで話してみたけどシルヴィー女王は理解できたようで、楽しそうにニヤリと笑みを浮かべて確認までしてきた。
これに対して素直に認めるのは簡単なのだけど…それはなにか負けた気がするんだよな。と言う事で少し曖昧な感じで答えておくか。
「あるかもしれないですね?」
「ふふふ!そうか、これは本当に楽しみになって来たのう」
もっとも何か俺の対応が気に入ったのかシルヴィー女王は更に楽しそうに笑うだけだった。期待していた面白い反応ではなかったが不機嫌になったりしなかっただけよかった…と思うことにした。
そうして軽く説明している間に後ろから少し遅れて翡翠や植物園内担当の護衛達が入って来る。ついでに言うと責任者でもある茨木のおっさんは外で不測の事態に備えて警戒中だ。
情報が漏洩する事はほぼないだろうけど万が一にもないとは断言できない。だから念のために外にもそれなりの護衛が配置されている…らしい。俺が知る事ができたのは外にも護衛が居ると言う事までだった。
でも、おかげで安心して内部を楽しむ事ができるので気にしない!何か不測の事態で襲われても周りが何とかしてくれるだろうしな。
「はぁ…はぁ…勝手に中に入らないで、ください…何かあったら…大変ですから」
追いついて来た翡翠は余程置いて行かれたことに慌てたのか息を乱しながら翡翠はシルヴィー女王と言うよりも、どちらかと言うと俺の方を見て注意してきた。
たぶん止めずに一緒に入っていったことに対して何か言いたいのだろうが、今はシルヴィー女王と言う賓客もいる状況なので直接言えないから全体的に注意しているのだろう。
なので適当に笑顔で答えておいた。
「お前らがおくれただけだろ。それよりもいつまでも待たせても悪いし、中を案内しよう。ここは普通の植物からそうでない物まで豊富ですから楽しんでくださいね!」
「ほぉ…普通でない物とは興味深い。では楽しみは最後に取っておいて、今はめったに見れない普通の植物とやらを見せてもらえるかな?」
「はい!まぁ道順に歩いて行くだけではあるので、下手に逸れなければ迷う事も無いとは思いますけど、ちゃんと後について来てください」
そう言って俺は先導するように植物園の順路を先導するように進む。
ついでにまだ息を整えている翡翠をすれ違いざまに気付かれないように引っ張って連れて行き、こっそりと小声で話す。
「おい、詳しい説明とか俺できないから何とかしてくれない?」
今までは自分で言うのも不思議だが何故か俺が案内していたが、簡単な話として俺は誰かに分かりやすく説明したりする能力が欠片もない。もっと言うと魔法やら錬金術なんかに使う物はともなくとして、他の植物には興味がほとんどないから名前すらろくに覚えていなかったりする。
なので急いで案内役を変わってもらえるように頼んだわけだが、予想通りと言うべきか翡翠は御怒りの様子だった。
「…なら何で勝手に案内してるのよっ」
「それはあれだ…流れでなんとなく」
「っだから考え無しに行動するなって言ってるでしょう‼」
「おい、小声で怒鳴るっている器用なことしなくていいから。ほら、もうすぐ質問してくるかもしれないぞ」
「っ~~⁉後で覚えてなさいよ…」
なんか下手に長引かせても問題だから急かしたのだけれど…最終的に折れにとっては最悪の結果になってしまった気がする。…とりあえず今は目の前の面倒事を乗り切る事にだけ集中しよう。
そうして話を強引な形になったが終わらせるとシルヴィー女王は聞いていたのか、ちょうど話の途切れたタイミングで話しかけて来た。
「あそこの植物はなんと言うのだ?」
「はい、あれは杉の木ですね。ある季節になると花粉と言う物を振りまくのですが、それが人の中には体が拒絶して異変をきたす事もあります。他にも一部の国では御神木…わかりやすく話すと神の木、あるいは木の神と言う感じですかね」
「ほう…神とは、この世界の人間達は信心深いのだな」
どこか感心しているようにも取れるシルヴィー女王の言葉ではあったが、眼をよく見るとどこか暗い闇をはらんでいた。ただ一瞬で元に戻ってしまったので気が付いたのは俺と翡翠くらいのようだった。
ただ間近で目を見てしまったので翡翠は顔を青褪めて冷や汗を浮かべていたが、他に気が付いているのがいないことはわかっているようで小さく呼吸を整えて立ち直った。
「別に世界中の人が髪を信じている訳ではないですが、そうして強く信じる者も居ます。後は長い年月の間存在する物を神聖視するのは他の世界などでも見られるので、本当の神のような存在ではないだけ地球はいい方とも言えるかと」
「なるほど…しかしその口ぶりだと本当の神とやらを信奉してい者達を知っているようだのう」
「そういう文化の世界や国は何処にでも必ず存在しますから」
「確かにその通りではある。さて、変な話しになってしまったのう。案内を続けてもらってかまわないか?」
「もちろん、それこそが私の仕事ですから」
なんとか翡翠が会話を続けているとシルヴィー女王も満足したのか案内が再開した。
と言うか本当に何でこんな話になったのか意味不明だよな。おそらく何か神関連で会ったのは間違いないだろうけど、少なくとも今回の視察中にさらなる問題でも起こって爆発しない事を祈るしかないな。
そして再開した視察と言う名の植物園観光は順調に進んだ。
やはり俺達の予想通りシルヴィー女王の来た世界は氷の世界と言うだけに常に極寒の冷気に包まれてイキイキとした植物を間近で見たことがないようだった。
だからか目の前の花や木など一般的な植物にすら興味深そうに眼を輝かせていた。
でも、この植物園において普通の植物の並ぶエリアは序盤もいい所であった。
本番はさらに先にある一般人、この場合は超常に関わる力を持たない人間には公開されていないエリアこそが一番見ごたえがあると俺は思っている。
「ここから先は少し特殊な植物が多いので、あまり近づきすぎないように気を付けてください」
「そうなのか、では忠告に従う事にしよう」
念のために翡翠は先に進む前に注意したみたいだが、先ほどまで生きている植物に感動して近寄って触ったり臭いを嗅いでいたシルヴィー女王の様子を考えると妥当な判断だな。
それにシルヴィー女王も翡翠の事をあるていど信頼しているようで忠告に素直に受け入れてもらえた。
周囲の他の護衛達は聞いていた印象とは違う柔らかなシルヴィー女王の対応に安心しているようだった。
だが俺としては逆に警戒を強めることにしている。
なにせ翡翠が顔を青褪めて珍しく取り乱すほどの恐怖を感じた相手を軽く考える事はできない。むしろ一瞬とは言え見せた目の暗い光が本質と思って備えておいたほうが利口なんだろうな。
(はぁ…なんで俺ばかり警戒しないといけないんだろう…)
そんな風に少し周囲の護衛達の気の抜けように疲れながら次のエリアへと入った。
「ほぉ…これはまた見事に奇怪な物ばかりだのう」
特殊な結界で遮られていた先を見たシルヴィー女王は驚いて足を止め周囲を見回す。
まぁ周囲に生えているのは一目見ただけで通常の植物とは違うとわかるからな。
入って最初に目に映るのは淡い光を放つ草木で形も変にぐるぐると渦を巻いていたり、動物の形に擬態するなんて俺からしても奇妙な植物ばかりが他に影響を与えないように結界のケースに入れられているのだ。
初めてここに親に連れてこられたのは小学生に入ったばかりのころで下手なお化け屋敷よりも怖かったのを覚えている。今となってはお化けも含めて一切恐怖心が湧かなくなっているけどな。
もっともシルヴィー女王が感じているのは恐怖とは程遠く好奇心と言った感じに見えた。
「これは…『魔光茶の葉:空気中の魔力を吸収して光を放つ茶葉。この茶葉を使用した茶を飲むと一時的に魔力が増強する』ほぉ~これはまた面白い。ではあちらは?」
案内の俺や翡翠の事は完全に忘れているようでシルヴィー女王は一人でドンドン書かれている名称と効果を読んで進んで行く。
初めの一般的な植物エリアでは案内板は地球の言語に対応した案内板しかなかったので翡翠が説明していたが、この特殊植物エリアは来る客自体が異形の存在かその関係者に超常の能力を持つ者だけだ。
中には異世界から移住してきたなんて珍しい者もいるので案内板の翻訳魔法に異世界の言語も含まれているので、今目の前で一人で呼んでいる姿を見れば分かるように異世界人でも十分に一人で楽しめるようになっている。
「のんびりしてないで急いで追いかけるわよ!」
「はいはい、わかってるよ」
正直ここまで来れば案内は必要ないと思うのだけれど翡翠が急かすから一緒に急ぎ足で後を追いかける。
無駄に広いから放置しすぎると見失うのは分かるし離れすぎないつもりだったんだが、どうやら翡翠は少しの手抜きも許すつもりがないらしい。こちらとしてはちょっとはゆとりを持ってくれるとやりやすいんだけどな。
そしてシルヴィー女王に追いついてからも視察と言うか、正直言ってもはやただの観光は続いていた。
「本当に不思議な植物ばかりじゃ」
「このエリアにあるのは何処の世界の人から見ても不思議に見える物ばかりですから」
「ほぅ…」
すでに植物園の中も終わりに近づいて来ていた。
見て来た植物は不思議な物ばかりでシルヴィー女王も最初は好奇心から忙しなく動き続けていたが、合流後は落ち着きを取り戻して今は翡翠の話を聞きながらゆっくりと進んでいた。
ただ最後に期待しているシルヴィー女王には申し訳ないが奥に行ったからと言って、特別すごい植物などは展示されていない。
より正確に言うとここには存在しないだけで、別の場所では厳重に管理されて守られて存在している。だが一般人はもちろん存在を知っている物は俺を含めてそれなりに居るが、正確な場所まで知っているのは全世界で10人もいない。
なので最後は普通に出口から出て最初の蒼天植物園を後にした。
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