第4話 異世界からの使者:到着


 そして歓迎の計画書やら警備の事前打ち合わせなどetc.とにかく面倒事の詰め合わせのような一週間が過ぎ、ついに異世界からの使者を迎える当日となった。

 時間が急に跳んで驚く者もいるかもしれないが簡単に纏めると警備の事前打ち合わせは、当初の不安は何だったのかと言いたくなるほど穏やかに過ぎた。


 理由としては俺と会うと問題を起こしそうな奴等は別の警備班に割り振られていて、最初の合同会議の時は顔を合わせたがすぐに担当の班ごとに別室で話し合いになった。

 おかげで最初は険悪な空気になったが周囲の他の人に引きずられるような形で連れて行かれ、それ以降はろくに顔も合わせていないので問題にならなかった。


 ちなみに俺の配属された警備班は最初に言われた通りの至近距離での警備が主な仕事だった。

 特に俺は翡翠と一緒に案内人として行動を共にして守る事が仕事となる。他の警備班の者達も店員などに混じってばれないように常に警護に当たる事になっていた。


 他の班の情報は誰かが捕まっても拷問で吐かされる、あるいは裏切り者が全ての情報を売るようなことになると致命的な事になってしまう。というよりも過去に実際に類似の事件が何度となく起きて、しかも異世界などが公表されてからは頻発してしまっていた。

 なにせ元々秘密主義の多い魔術師や陰陽師に加えて妖怪などの異形達も邪悪な存在が多い、裏切りや人をだますことに抵抗感の少ない者達ばかりだったと言う事だ。


 それだけに数年前から警護方法として複数の班を形成し、他の班の行動などの情報は担当の班と統括する者以外には伝えられなくなった。もちろん警護対象にすら警護に関する話は一切伝えられない。

 ただこれだけ対策しても結局裏切る奴は出て来るので根本的な解決には程遠いのが現実だ。


 そんなこんなで準備を全て終えた俺達は召喚陣を改変したゲートを安全な広間に移動させて万全の態勢で待っていた。


「…なんか物騒な歓迎の仕方だよな~」


「それは当たり前でしょ、相手はまだ友好的とは判断できていないんだから」


「わかるけどな。ここに居る面子だけで都市1つなら廃墟に出来るんじゃね?10秒くらいで」


「それは否定しないわ」


 待機中に案内係で待ちぼうけ状態の俺と翡翠はそうやって周囲を見回しながら話して時間を潰していた。ちなみに今言った10秒で都市を廃墟に変えられると言うのは何の比喩でもなく、今回の警護やら何やらで呼ばれた面子は全員が暴れれば余裕で可能なのだ。

 そんな面子がそろて居る場所にこれから現れることになる、まだ会った事の無い相手に少し同情もしてしまっても仕方ないだろう。


 こんな感じで他の事を考えたり翡翠と話しながらしばらく待っていると、ようやく魔法陣が魔力を注入されて稼働し始めた。

 薄っすらと光る事で周囲の者達もやって来ることが分かって一気に周囲の空気は張り詰める。


 しばらくすると魔法陣は一際強く光を放ち、収まった時には一人の女性が立っていた。

 氷を思わせる長い髪をなびかせて、同じような青いドレスに身を包んでいた。

 しかもよく見ると常に冷気を纏っているのか周囲の床に薄っすらと氷が張っていて、特にセットしていないのに白い煙が地面を覆うように広がって何かのステージのようになっていた。


「ようこそ地球へ、歓迎させていただきます異世界の女王陛下」


 俺が相手の観察をしている間にこの場の最高責任者の茨木のおっさんが歓迎の言葉を告げた。その声に従って俺と翡翠の案内役を除いた者達が軽く礼をして歓迎の意思を伝える。

 ちなみに俺と翡翠が礼をしていないのは全員が至近距離で頭を下げる状況は相手が敵対者の時に隙を見せることになるからだ。


「歓迎感謝しよう異界の人間達よ。ワシは氷界を統べる女王『シルヴィー・アイスワルド』此度の世界観交流、楽しませてもらうぞ」


「どうぞご期待してください。では、案内の者を紹介させていただきます」


 軽く会話していた茨木のおっさんと異世界の女王様の話が一区切りしたのか、そう言った瞬間に俺達の方に視線を向けて来たので一歩前に出た。


「この度はようこそ御出でくださいました。本日の案内役を受け堪りました新庄 翡翠でございます」


「同じく黒城 和弥です」


「そちらの和弥とやらは初対面だが、翡翠とやらは交渉の時に会っていたな。今日はよろしく頼むとしよう」


 俺達の挨拶を受けて異界の女王様はどうやら問題なく受け入れてくれたようだ。

 ちなみに今日の俺は丁寧な言葉が多いが別にカレンに体を操ってもらっている訳ではない。前日にこのくらいはできるようになれと挨拶などの必要そうな応答をそれはもう~本当に嫌になるほど練習させられただけだ。

 その成果は今こうして発揮されて俺以上に翡翠と茨木のおっさんが安心したように胸を撫で下ろしていた。


 それから俺は下手な事を話すなと言われているので会話は翡翠に任せることにした。


「では、本日はまず最初に会いらあの世界にはない氷以外の植物や動物などを御見せいたします。しばらく移動する事になりますので、もし途中でお疲れになったり気になった事があれば遠慮なくご質問ください」


「ほう、確かにワシの世界には氷以外で出来た植物は少ない。しかも生き物まで…これは楽しみだのう」


「…」


 最後に移動する前の確認としてこれから向かう場所を翡翠が言うと異界女王シルヴィーは嬉しそうに笑顔で答えていた。だが俺の目にはどこか冷めているような、それこそを感じた。

 でもしょせん俺一人の直感でしかなく、もし何かの勘違いで疑ったのなら失礼なことになるので誰かに伝えることはしない。


 ただこの段階で俺の彼女に対する警戒値は数段階上昇していた。

 もっとも完全に隠したつもりだったが茨木のおっさんは何か気が付いたのか俺に向かって、とても何か聞きたそうな表情で見ていたが状況を見て我慢しているようだった。

 そんあちょっとした不安を抱えながらもこの後の予定の話を進んでいて、ついに目的の場所までの移動が開始しようとしていた。


「それでは移動のための車両まで向かいますので、こちらへ」


「わかったわ」


 翡翠の先導に従って魔方陣の設置されていた広間からゆっくりと移動した。

 と言うか、ここまで本当に俺は一言も喋っていないのだけれど誰も何も言わない。なんなら案内人として紹介したはずの異世界の女王すら何も言わないのだが?俺って今完全に空気になってないか?


 などと悩む俺を気にするはずもなく周囲はどんどん移動するので、ちゃんと遅れないように後を付いて行く。

 しばらく窓のない通路を移動すると開けた場所に出て、そこには最新式の魔導学バスが用意されていた。


 バスには複雑なラインが印刷されていて衝撃吸収の魔術効果がある。他にも見えない場所には電気部品や魔導機器が使われていて、しかも今回使われるバスは一台1億円はくだらない特注の組織専用車両だ。


「こちらで移動することになります。時間としては数分程ですが、気になる事があればご質問ください」


「そう何度言わんでも分かっておるよ。初めての異界じゃし無粋な事はせんから、そちらのもう一人の案内人も警戒せんでいいのじゃぞ?」


「!…バレてましたか」


 他の事を考えていると急にこちらを向いてシルヴィー女王はにこやかな表情で言われ、俺は苦笑いを浮かべてしまった。

 確かに関係ない事を考えながらも俺は目の前の女王に警戒していたが、さすがに客人に気取られて気分を悪くされないように気を付けていたんだけど…気が付かれるとはな。


「少し職業病のようなもので、不快にさせたのならすみませんでした」


 気が付かれてしまったのは仕方がないので素直に認めて一応謝罪をして措いた。

 そんな俺の内心を何となく理解できている周囲の顔見知り共は顔を引きつらせていたが、謝罪した相手のシルヴィー女王は何か満足そうに頷いているから問題ないだろ。


「はははははっ‼そこまで心の籠っていない、怯えすらない謝罪は初めてされたわ!」


「お気に召したのなら幸いです」


「あぁ…気に入った。確か名はカズヤだったか?」


「はい、その通りでございます」


「うむ、おぬしの名前しかと覚えた。此度の視察での案内人は2人共に愉快そうで本当に楽しくなりそうで安心したわ!」


 何かよく分からないけど気に入られたようなのでよかった。

 ただ何か厄介な相手に気に入られたような気がするのは…それこそ気の精と言う事にして置こう。視界の端にいる翡翠が纏めて気に入られている事実に顔を青くさせているが、俺には何も見えていない!見えないと言ったら見えていないからな‼


 そんな感じでちょっとしたこともありながらも最初の掴みで好印象を抱いてもらえ、楽しそうにバスに乗り込むと最初の目的地である植物園へと向かう。

 5分後には目的の植物園前へと到着したが、シルヴィー女王が何やらとんでもない速度で移動する魔導式バスが気に入ったようでしばらく乗り回して時間が少し遅れていた。

 そしてようやく到着した植物園の前で下車した瞬間シルヴィー女王は唖然とした様子で声を漏らす。


「おぉ~これは想像以上だ…」


「驚いていただけたようで良かったです。こちらが本日最初にご案内する『蒼天植物園』になります」


?」


「はい、名前の意味は中に入ればわかりますのでお楽しみにしていてください」


 やっぱりシルヴィー女王は植物園の名称に不思議そうにしていたが翡翠の言葉を聞いた瞬間、誰よりも早く植物園の中を目指して進み始めていた。

 俺も初めて来たときは同じ事をしたから何となく予想できていたのですぐ横を付いて行ったのだが、他の奴等は気が付くのに遅れたようで後ろから慌てて追いかけてきている気配を感じるが…これはこれで面白いから気にしないで先にシルヴィー女王と一緒に植物園に入ることにした。

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