第3話 警備の心得


 書類を全てそろえた俺と翡翠の2人は急いで特別処理課へと確認してもらうために来ていた。


「ふむ…これなら問題ないだろ」


 そして提出した書類を確認した茨木のオッサンこと茨木童子は厳つい顔で頷いて承認印を押した。ちなみに発展した今でも印鑑が使われている理由は簡単だ。

 使われている印鑑は使用者の魔力を微量に吸収していて、押された書類などに押した人物の魔力の個別波長が記録されて本人確認が出来るようになっていた。


 これがあるから今のように発展した世の中でも印鑑が残っている理由である。


 そんな承認印を全ての書類に押した茨木のオッサンは真剣な表情でこちらを見つめて来た。


「それでギリギリまで申請が遅れた理由について聞こうか?」


「それはもちろん…なにをやればいいのか一切説明されてなかったので、考えるのに時間が掛かってしまったんですよ」


「っ…」


 なんかよこで翡翠が動いたようだが気にしない。別に俺は嘘は言っていないぞ?何をやればいいのか理解していなかったのは本当だし、単純に自分から聞きに行くことをしたりしなかっただけでな。

 そんな事を思っていると茨木のオッサンが俺の顔を探るように見て来たので笑顔で返しておいた。


「はぁ~お前は本当に、いい根性してるわな」


「そんな褒められると照れちゃいますよ~」


「…わかっててやってるよな?」


「もちろんです。これを素でやる奴は頭おかしいと思います」


 どうせ詭弁なのはバレると思っていたのでちょっと悪ノリしていたが、本当にわざとでなくこのリアクションするのは色んな意味で危ない奴だと思う。

 これ以上ふざけても怒られるのはわかっているので適度にやめた俺に、茨木のオッサンは辛そうに眼を細めて頭を抱えた。ついでに横目で翡翠も似たようなポーズになっていた。


「…もういい。和弥に真面目にしろと言うのが酷だったな」


「いや、さすがに時と場合はちゃんと見極めて使い分けくらいはしますよ?」


「威張って言うな。と言ったところでお前は気にしないだろうな」


「はい!」


「「はぁ…」」


 言われたことに元気よく頷いて見せたら2人そろって分かりやすい程に盛大に溜息を吐いた。でも、ただ返事をしただけでこの反応っていうのは納得がいかない。

 そんな小さな不満なんて俺自身も言ったりしないので気づくはずもなく、少しして気分を切り替えたのか茨木のオッサンは顔を上げた。


「和弥にはいくら言っても無駄だったな。とりあえず、この提出した書類は扱って明日までには警備計画なんかもしっかりした計画書にして返却する。そしたら書類の内容を暗記して二日前には警備の話し合いがあるから、和弥は参加するように要請があったから忘れるなよ」


「それって強制参加ですか?」


「選択肢があると思てるのか?」


「ですよね…」


 わずかな希望を願って確認したけど答えた茨木のおっさんの真剣な顔に無理だと理解させられた。

 正直に言って大半の奴は理解できているだろうけど俺は集団行動が壊滅的に向いていない。表面上合わせることはほどほどに出来るようにはしているけど、長時間やるとすぐにぼろが出てしまう。


 そして俺が黙って悩んでいる姿を見て茨木のおっさんは少し呆れたような表情で話し始めた。


「何を考えているのかはだいたい予想できるが、それは問題ない。和弥は案内人として常に客人の側で警護に当たってもらう」


「いや、常にって言いますけど…確か相手ってなんですよね?」


「そうだ」


「と言う事は女性ですよね?」


「女王なんだから、あたりまえだろ」


「いや、あたりまえだろではなく。女性なら女性の護衛を付けるでしょう普通…」


 なぜ普通の一般的に考えたことを言っているのに目の前の茨木のおっさんの呆れた態度は気に入らない。

 そんな俺の内心を見透かしたように茨木のおっさんは真剣なようで何処か馬鹿にしたような表情を浮かべていた。


「確かに普通に考えれば女性の護衛を付けるところだが、どうせ案内人は翡翠が担当者として行くことになるからな。身近な同性の護衛はそれで充分だと判断して、今回は単純なと言う点で自由の利く和弥が選ばれたんだ。そのくらいは理解できるだろう?」


「理解はできますけどね~」


「納得できなくてもしろ。それよりも一応護衛としての心得でも教えておくか」


 露骨なまでに納得していない俺の態度を見た茨木のおっさんは諭すように言うと、何処か教育者のような表情で警備の心得とか言うものを教えると言い出した。

 その言葉に俺はどんな表情をしていたのかはよく分からなかったが間違いなく嫌そうな表情をしていた。なにせ横で見ていた翡翠が面白い程にあきれ果てた表情を浮かべていたからな。


「とは言っても、どうせ真面目に言ったところで和弥は理解できないだろうからな。適当にわかりやすく話してやろう」


「あ、それは本当に助かる」


「だろうな。だから簡単に話すと俺の考える警護の心得は三つに集約される」


「三つだけ?」


 結構真面目な話になると思っていただけに想像以上に少ない数に首を傾げる。

 その小さな疑問にも茨城のおっさんは冷静に頷いて説明を始めた。


「そう三つ、一つ目は護衛対象を死なせない。これは言うまでもなく敬語と言う役目を追っている身でありながら、その守対象を死なせたら本末転倒もいいところだからな」


「そりゃそうですよね」


 一つ目の内容は当たり前すぎる内容で正直言って拍子抜けだが、次の二つ目の説明から茨木のおっさんが纏っていた空気が変わった。

 今までは軽いふざけたようなノリでも許されるような緩さがあったが、それが完全になくなって真剣な重い空気を放ち始めていた。


「二つ目は自分も死なない事だ。警護をしている自分が死ねば守対象は無防備になってしまう、相打ちでも相手に他の仲間が居れば無意味だ。なによりも自分を守って誰かに死なれる…なんてのは最高に後味が悪く、最悪トラウマを植え付けることになる」


「なるほど…」


 この説明には俺も少し考えさせられた。てっきり自分の身を盾にしてでも守れ!とでも言われるのかと思っていたから少し驚いた。

 ただ空気の変化した本当の理由はこの後の三つ目の説明にこそあった。


「そして最後の三つ目だ」


「守る相手を信用するなって…それはさすがにどうなんです?」


 『危険から守る相手を信用するな』そう言われ、さすがに俺も疑問に思って聞き返してしまった。なにせ警備や護衛は事前に警戒し、いざ危険がせまったら保護対象を背に守るような立ち位置なのだ。

 そんな自分の背後に必ずいるような存在をなどどうすればいいんだよ。


 などと思っている俺に対しても何処までも真剣な表情で茨木のおっさんは説明を続けた。


「不思議に思うのはわかるがな。こんな異種族と人間が入り乱れた時代の警護対象なんてのは、大抵が訳アリか何かしらの厄介事に巻き込まれているのが普通だ。ゆえに護衛対象であっても必ずしも俺達の味方になる者かはわからない。特に今回のように異世界の要人は尚更にだ」


「…ただの視察以外の目的があると思っているんですか?」


「そう言う可能性もあるって事だ。同じ世界の者同士でも意思を一つに出来ないのに異世界の、しかも少し前までこちらの世界の人間を『強制』だと理解した上で召喚していたような者達だぞ?まだ協定に参加すら決めてない相手を信用する方が無理ってものだろ」


「確かに…」


 順序だてて説明されると納得できてしまう。

 さすがに『異世界=信用できない』とか言うつもりはないけれど、それでも安心して完全に信用する事はやはりできない。

 そして今回の茨城のおっさんが言っている事も同じだ。


 なら受け入れたうえで自分はどう判断するかを決めればいいだけの事だ。


「わかりました。とにかく警備の話は受け入れますよ」


「ならよかった。もう少し粘られるかと思ったぞ」


「何度も言いますけど、いくら俺でも時と場合の判断くらいはできます。なによりどうせ断れないのを分かり切っているのに、それに無駄に体力を使う程馬鹿でもないですから」


 さすがの俺でも最低限の常識を元にした判断くらいはできるのに疑われるのは心外もいいところだ。確かに普段の行いに問題が多いのは自分でも大いに理解しているけれどな。

 ちなみにそこに関しては改善する気は欠片もない!何故ならつまらないから。

 と言う感じに少し思っていた事を俺が言うと茨木のおっさんは楽しそうに笑っていた。


「それもそうだったな!お前は非常識だが、変な所は常識的な行動をするやつだ経った」


「いや、間違ってはいないですけど…面と向かって他人にそう言われるとイラっとしますね」


「思った事をそうやって簡単に口に出すから言われるんだよ。言われたくなけりゃ、もう少し気を使う事を覚えろ」


「ははは!それは無理ですね‼できてれば俺は今もこんな正確してないですよ」


「開き直るな…はぁ、とにかく2日前の警備の会議には忘れずに参加しろ。…本当に忘れるなよ?」


「そこまで俺の信用できないと?」


「「出来る要素が何処に?」」


 いままで気を遣って話していなかった翡翠にすら声をそろえて言われた。

 確かに約束しても気分が乗らなければ守らない事もあったが今回は仕事で、なによりも明確に報酬があるのだから俺だってちゃんとするつもりはある。

 ただ前例があるだけに自身もいい反論がまったく思い浮かばなかった。


「…それじゃ今日は書類の提出も終わったので帰りますね。ちゃんと事前の話し合いには参加するから、間違ってもしつこく聞いてきたりしないでくださいね?それでは」


 これ以上話しても勝ち目がなさそうなので強引に話を切り上げて速足で帰宅した。

 後ろから『逃げたな』とか聞こえたが気にしない。勝てない事で報酬もないのに疲れてまで付き合う趣味は俺にないからな。

 と言う事で帰宅する途中で適当な店でストレス発散のためにデザートを買い、その日の晩飯はいつもより少し豪華になってカレンも喜んでくれた。なのでストレスの原因など忘れて俺は夜にはぐっすり眠る事ができた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る