第2話 歓迎準備


 そして突如連れ去られて面倒な仕事を任された日から数日が経過して、ついに異世界から視察が来るまで一週間を切った月曜日。

 今日も俺は…学校で融けていた。


「あぁ……」


「最近腑抜けすぎじゃないの?」


「そうかもな…」


「そんなので本当に案内なんてできるのかしらね…」


「しらねぇ」


「ふざけない!」


 気の抜けた返事を返してたらついに我慢の限界になったのか翡翠が机をバンッ‼と叩きながら怒鳴る。


「私と一緒に案内する事になっているのだから。もう少し頑張る素振りくらい見せなさい!」


「いや、どういう理屈だよ…」


「理屈とかはどうでもいいの!今はとにかく仕事なんだからもう少し真面目に取り組みなさい!と言っているのが分からないのかしら?」


「…はぁ、わかったよ。今日からは真面目にやりますよ」


 ここ最近、本当に忙しいのか翡翠はこんな感じで神経質になっていた。

 いつもならこの程度の冗談なら軽く流すのだが、今はそんな余裕も無いようで下手にふざけすぎると本気で殺す勢いで攻撃されかねないほだ。


 そんな事情もあって今回は俺もふざけまくる事も怠けることも出来ず、働かされることになっているのだ。本当にちょっと怠けるくらいは許してほしいんだけどな。

 ただ口に出して行ったところで余計に怒られるだけなので大人しく仕事の話をする。


「それで準備とは言うけど、何をやるのかとか一つも話を聞いてないんだが?一応警備や視察についてはある程度決まっているのは茨城のオッサンから聞いたけど、他の歓迎の準備とかは何やる事になってるんだ?」


「…何も決まってないわ」


「…は?」


「だから何も決まってないのよ‼だから焦ってるんでしょうが⁉」


「いや、俺に怒鳴られても…」


 まさかの事に反射的に聞き返してしまった俺も少し悪かったかな?とも思わなくもないけど、だからと言って逆切れされるいわれはないと思うんだけどな。

 でも翡翠がここまで平静を保てていないと言事は真剣に間に合わない可能性があるみたいだ。

 さすがにこれは予想外過ぎるな。


「わかった。まずは向こうの世界について詳しく説明してくれ、それに合わせて歓迎会は今からでもある程度の変更が可能だろう。他の視察の俺らが任されている時間も空いての世界にない物を中心に、観光地になりそうなところを上げて行こう」


「そうね…わかったわ。確かにちゃんと説明しないと考えようがないしね」


 なんとか適当に理屈建てして話した事で翡翠も正気に戻ったよで一安心だな。

 これで少しでもまともな話し合いになればギリギリ期日までに決められる…と良いんだけどな。

 そんな事を思っていると完全に落ち着きを取り戻した翡翠が向こうの世界についての説明を始めた。


「まず説明するなら向こうの世界には氷しか存在しないわ。常に冷気に包まれた世界で、平均気温が-20℃で地球人が行ったとしても住んでいた国の気候によっては体を壊してしまう程にね。寒い国の人でも気を抜くと投資しそうなほどの寒さだったわね」


「なら、寒くない場所だな。植物園や水族館は見せた方がいいか、後はフルーツ農園なんかが珍しくて受けがいいかもな」


 ひとまず翡翠から聞けた訪問してくる者がいる世界から考えた楽しめそうな場所を適当に言った。正直なところ俺は微妙だとは思うが、あくまで今回の目的はであって観光ではないのだからこの方がいいと思ったからの候補だ。

 それを聞いた翡翠は真剣な表情で頷きながら話す。


「確かにそうね…向こうは気すら氷で出来ていたわね。普通の植物は確かに珍しいかもしれないわね」


「話を聞いた感じだとそうだろうな。なんなら電気屋で暖房器具を見せてみるのも面白いかもな。さむい氷の世界の住人なら刺激を受けるだろ」


「それもそうね。向こうは建物を含めて氷しか見た覚えがないわね」


「それは過酷な世界だな…」


 建物も氷で作られる極寒の世界だとすると普段は何を食べて生活しているのだろうか?三食全部かき氷ではないとは思うけど、視察の時に相手の様子見て聞いてみよう。

 とちょっと脱線した事を考えていると翡翠が何か睨みつけてきていた。


「…なに?」


「何か関係のない事を考えていたでしょ?」


「何で、いつもわかるんだよ…」


「これだけ何年も腐れ縁やってれば分かるようになるわよ」


「いやな慣れだな…」


 確かに俺もある程度考えている事が分かると気があるからな。でも、今言ったようにこれほど厄介な慣れと言う物もない気がする。

 こんな感じでちょっと気を抜いて余計な事を考えただけでばれてしまったりとかな。


「それよりも何度も言うけど時間が無いのよ。さっさと決めないと準備が間に合わないんだから!」


「だった翡翠の好きに決めればよかっただろ。俺が真面目に考え事したりが苦手なの知ってるだろ?」


「知ってはいるけどね。2人で考えるようにって言われたのだから、しっかりやらないとだめでしょう?」


「その融通の利かない所だけは本当に直してくれ、細かく完璧にやらなくても問題ないんだし…」


 昔から翡翠は誰かに頼まれたりすると妥協したりと言う手を抜く事ができないのだ。中学の頃に学級委員をやった時など張り切って真面目に、何処までも真面目にすべてをしっかり完璧にこなそうとしすぎて体調を崩して一週間ほど寝込んだこともあった。


 それだけに翡翠の両親や俺を含めて周囲の者達が何度となく『そこまで頑張らなくていい』や『息抜きも大事だ』と言ってきたのだが、結局はこうして見た通り一切改善されていない。


「せっかく前向きに視察に来てくれる世界なのよ?この視察が成功すれば協定に参加する世界が増えて、強制召喚なんかの問題も件数が減るかもしれないでしょ」


「いや、それは無理があるだろ。まだどれだけの異世界が存在しているかもわからないんだぞ?」


「だからこそ世界一つでも減れば対処がしやすくなるんじゃない」


「かもしれないけどな…率直に言って、それは一職員の俺達が考えるような事じゃ無いだろ…」


 考え自体は立派なんだが組織の上に立つ者が言えば一定の凄味があるんだけど、しょせんは俺も翡翠も一般職員でしかない。つまりは平社員でしかなく、そんな立場の者がいくら言ったところで何か変わる訳もないのだ。

 と言うか単純にそんな御大層なこと考えながら仕事などしたくない。


 そんな俺の露骨すぎる態度に翡翠は呆れた表情を浮かべていた。


「なんで和弥はこう…変に現実的と言うか、悲観的と言うか…」


「そこまで言われるほどの事してないだろが…何度も言うけどお前が真面目過ぎるんだよ」


「いえ、和弥もたいがい卑屈です。もう少し前向きに真剣に考える事はできないんですか?」


「できない!」


「こんな時だけ無駄に胸を張って言うんじゃない!」


 前向きにと言われたから元気よく答えたら今日一で普通に怒られてしまった。

 別にふざけていたわけではないが経験上これ以上は殴られるのも知っているので、ゆっくりと椅子から立ち上がって話を戻すことにした。


「そんな事よりもだ。今話した案を元にして予算とかの相談と確認のために茨木のおっさんのとこに行くぞ、結局は警備だなんだとか言って許可が必要だからな」


 正直散々意見を出した後で今更だが結局は役所に近い組織だし、何よりも異世界から来るとは言え要人であることに変わりはないのだ。

 そのため警備やいろいろと気を使う事が多くあって最終的には許可申請なんか必要な事が出て来る。


「どうせ後々やる事になるなら、先に終わらせておいた方が楽だしな」


「それは…確かにそうかもね。でも歓迎の準備に関する書類はどうするつもりなのかだけでも聞かせてくれるかしらねぇ?」


「……ちっ」


 このまま話を進めてうやむやにしようとしたのだが上手くいかずに舌打ちしてしまう。なにせ今回のような事の申請書類何かは十枚近くあって、しかも全部が細々と今時手書きの署名に捺印が必要なうえに小さなミスで一から書き直しになるのだ。

 正直、もの凄くめんどくさい‼だからやりたくない。


「はぁ…書類はあらかたこっちで用意するから。最後の署名と捺印と確認作業くらいは手伝いなさいよね?」


「はい、わかりました…」


 呆れながら話しているのに変に凄みのある翡翠に本能的に逆らったらだめだと感じたので大人しく頷いた。

 とりあえず最初から全部作るという苦行をしなくて済んだだけよかったと思う事にして、一先ず大まかな話し合いは終わったのだった。


 この後からは翡翠が書類製作しているのを見ながら、たまに確認して修正して完全に夜に入る前には書類製作を終わらせて確認するために向かう事ができた。

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