第1話 新たな面倒事


 次の日の朝、昨日は少し性急な判断で交渉をちょっとばかり強引な手段で打ち切ってしまったが、それはそれとして次の日はやって来た。


「あぁ~学校休みにならねぇかな…」


 そして俺は朝の不思議と6時に目が覚めたこともあって普段の数倍学校に行く気力を失っていた。いや、せっかく早起きしたのに時間の半分以上を学校にとられると思うと憂鬱になっても仕方ないだろ。


「そんな言い訳はいいから。さっさと起きなさいよ…朝が苦手な吸血鬼の私すら起きてるって言うのに…」


 そんなだらける俺を起こしに来た悪魔…ではなく同居人にして吸血鬼で俺の使い

魔のカレンが仁王立ちで睨みつけていた。

 さすがにこの状況で二度寝すると酷い目におうので大人しく起きることにする。


「…ふぁ~…おはよ」


「まったく、吸血鬼よりも朝が苦手って人間として…あなた本当に人間よね?」


「いや、そこにだけは疑問を持つなよ」


 今の疑問は結構本気で聞いて来ているのが分かっただけに俺も反射的に返していた。さすがに一般人と感覚はずれているとは思うが、それでも一応だとしても種族は人間なのでそこだけは違うと言われたくない。

 何より俺はそんな覚悟はできていないのだ。


 その俺の返しに疑いの目を向けて来るカレンだったが、俺が本気で言っていると理解すると呆れたように溜息を吐いて朝食の準備のために部屋から出て行った。

 それを見届けてから俺は釈然としない気持ちになりながらも支度を終わらせていく。


 すべての支度を終えてリビングに行けばすでに軽いコンソメスープとサラダにベーコンエッグ、そして焼き立てのパンが用意してあった。


「相変わらず朝から手が込んでるな…もっと適当でもいいぞ?冷凍食品とかカップ麺とか」


「あなたは私の契約主なのよ?そんな相手に不摂生な食生活をされて体調を崩されたりでもしたら、私の面子に関わる問題なのよ」


「あぁ~そう言う事ね。ま、俺としてはうまい飯が食える分にはかまわないんだけどな!いただきます‼」


 そう言って朝食に用意されたそれらを食べて行くが、言った通りカレンの作る料理は一級品と言っていい美味さを誇る。なんとなく吸血鬼のご令嬢であるカレンが何故家事がこんなに美味いのか聞いたら『今時、令嬢だろうが家事の一つできないと困るのよ。むしろ何で未だに人間はその辺が甘いのかが気になるわね』と返されてしまった。


 しかも言われてみると吸血鬼などの長命種達は長く生きるからこそ経験からあらゆる変化に順応する事こそが安全に生きるには大切な事だ!と認識している。

 反対に人間は生きても100年と少しで世代が変わってしまう。だからこそ人は短い人生の間に残した歴史や習慣、そう言った伝統と言う物を大切にする風習があって変化への順応と言う点では他種族に大きく遅れている。


 そんな事を考えている間にも朝食を食べ終わって、他にやる事も無いので支度を終わらせて家を出る。


「そんじゃ、行きたくはないけど行ってきます…」


「一言余計なのよね…」


 少し呆れた様子のカレンに見送られながら俺は登校する。念のために言っておくと、このやり取りも毎日しているものである。

 そんなこんなで登校する俺だがうちの学校は8時過ぎると遅刻になる、そして片道が歩くと40分以上の距離で今は7時15分だから歩くとギリギリ間に合わない…って本当にヤバイじゃないか!


「歩いてる場合じゃ無かったぁぁぁぁ!」


 周囲から奇異な目で見られたがそんな事を気にしている余裕は俺にはない。だって遅刻するとあの熊な鬼教師と、顔合わせると嫌味ばかり止まらない幼馴染エルフにキツイ罰を下されることになるからだ。

 と言う事で身体強化の魔法を使って一気に建物の間の走り抜ける。


 今居るのはまだ住宅街なので下手に屋根に強化した状態で飛び乗ると踏み抜く可能性が高く、壊した時が大変なので普通に道路を走らないといけない。正直、無駄に時間がかかるから飛び越えたいがその後の問題解決の方が数倍めんどくさい。


 そうして5分程走ると広々とした商業区へと入ったのが分かった。

 ここまで来ると建物には強化魔法での安全性が保障されている。具体的に言えば時速百キロのダンプカーが正面から衝突したとして、店は無傷でダンプカーが大破するほどに強化されているのだ。

 と言う事で、ここまで来ればショートカットしていける!でも人に見られると怒られるので誰もいない路地に入ってから屋根に上がる事にする。


「この辺なら人目はないよな?よし…」


 念のために誰もいない事を確認してから壁を蹴って屋根へと上る。途中にある配管や窓ガラスは魔術的に強化されていても脆いので、底だけは蹴らないように注意しながら登る必要があるけど慣れているので俺には問題はない。

 そして屋根の上に登ってしまえば後は真っ直ぐ屋根を跳んで移動すれば学校までは20分程で到着できるはずだ。


 もちろん途中には広い道に入る事もあるが助走を付ければ強化した身体能力なら普通に飛び越えられる。

 このままなら十分に遅刻は免れそうだと安心した次の瞬間、急に浮遊感が襲って自分の足元を見ると不思議な黒い穴が開いていてそこに落ちていたのだ。咄嗟に俺は手の届く穴の縁を掴もうとしたんだが、それに反応したように穴が広がって掴むことが出来なかった。


「くそったれぇ~~~~~!」


 そんな俺の叫びもろくに響く事なく穴に飲まれ、しばらく落ちると体感三十秒ほどで着地した。

 周囲を確認するとそこは不思議の国!なんてことはなく、思いっきり見覚えのあるようなないような通路だった。


「あぁ~~このパターンは…面倒事確定だなぁ」


 あまり人には言わないが以前にもこうしてされたことが俺にはあった。

 しかもその時に任された仕事は大変とまでは言わないが、ただひたすらにめんどくさかった事だけは印象に残っている。


 そんな事を思っていると通路が勝手に動き出して俺を奥へと連れて行く。もうこれで完全にこの先で待っている人は確定して、面倒事であることも確定してしまった。

 正直逃げ出したいところだが、俺の力じゃ逃げ切れないのはわかっているから無駄なあがきはしないけどな。


「よく来たな」


 そして通路を抜けた先で俺を待っていたのは昨日の授業でも見た最初の映像にも映っていた人物【マギルティア】の現局長:エデルヴァ・サクリフィアだった。

 あの映像にもあったように龍人族で、しかも龍王種であるこの人はただそこに居るだけで人を従わせる圧のような物を常に放っている。更に言わせてもらうとその背後に広がるのは広大な宇宙空間で、今居るのは月面だったりする。


 ただ今はそんな事よりも目の前のこの人に一言言わなくてはならない。


「別に来たくて来たわけではないですよ。む・り・や・り!ここに送られただけですよ」


「ふっ…どうせ和弥は正規の方法で呼んでも来ないだろ。ならこちらも最初から無駄な手間は省かせてもらうまでだ」


 俺の軽い嫌味にも局長は楽しそうに笑みすら浮かべて軽く流してしまう。そして言われた内容が事実なだけに俺も何も言い返せないんだよな。


「まぁ軽口はここまでにして本題に入ろう。今回少し強引な手法を使ってまでも和弥を読んだのは他でもない、ちょっと和弥を信用して任せたい仕事がある」


「……どうせ面倒だから俺に押し付けるだけでしょう?そんな一々真面目に話さなくていいですから。どうせ拒否権は無いんでしょうし、早く無いよう話してくださいよ…遅刻しちゃうんで」


「様式美ってもんがあるんだよ。だが話がはやいのは助かる。まず交渉の成果でまた一つの世界が協定に参加してくれる可能性が見えた。だが条件がすこし厄介で、向こうの世界の要人がこちらの…つまりは地球を視察したいとの事だ」


「つまり俺にその要人の案内をしろって事ですか?」


「それもあるが念のための保険だ。いざと言う時は使


「っ⁉」


 今までにない程短いその一言には先程までのふざけた様子はなく、一組織の長としての威厳や重みが乗っていた。なにより言われた言葉の意味を理解できるからこそ俺は息を飲む。


「それほどの相手と言う事ですか…いいんですか?そんな存在を呼んだりして」


「仕方ないだろう。マギルティアも独立してはいても役所のような場所だ。強く断る理由のない相手の来訪を断る事はできんのだよ」


「…本当にめんどうだ…」


「そう言うな。一応報酬はかなりの物だと保証するから、とにかく何事もなく無事に視察を終わらせてくれ」


「はぁ……わかりました。俺の出せる全力で持って当たらせてもらいます」


「受け入れてもらえて何よりだ。それでは相手の情報や今後の予定の詳細について説明するから少し待ってくれ」


「え、遅刻しそうなんですけど…」


「今はこっち優先だ」


「ちくしょ~~~!」


 俺の叫びは部屋中に空しく響き、そして本当にその後は数時間にわたって今後の予定など細かい話をしたので俺はめでたく遅刻した。

 そして想像していた通りに翡翠と森谷先生から説教を受けて、罰として放課後の図書室の整理を一人でやらされることになるのだった。ちなみにうちの学校の蔵書数は普通の高校の3倍はあると言えば大変さが分かるだろう。

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