二章 異界女王の来訪

プロローグ


 ここは地球ではない別の世界、そこは全てが氷で包まれた氷の世界だった。

 建物・植物・動物その全てが氷で構成されていると言うのがこの世界の特徴で、そしてこんな場所にも人間と呼べる姿かたちの生物は存在した。

 そして氷の世界の人間達にも当然として国は存在して、今その国の女王と地球の使者が召喚に関する交渉を行っていた。


「それで召喚を止める代わりに、おぬしらはワシらに何をくれる?」


 そう地球の使者に問うのは氷の玉座に座る美しい女性だった。長い氷のように透き通る水色の髪を後ろに流し、眼は新雪のような白銀で身に纏うドレスは氷の結晶で作られたような不思議な美しさがあった。

 そんな女性は目の前の地球からの公証人を見下ろしながら問いかけた。


「はい、もし召喚を止めて協定に参加して頂けるのでしたら。私共の世界の技術をこちらにもお伝えする用意がございます」


「ほぅ…それほどまでに召喚を止めて欲しいのか?」


「はい」


 地球側の出した条件に女性は感心したように確認して公証人は一切の躊躇なく頷いた。その反応でだいたいの地球側の状況を理解した女性はしばらく考えるようなそぶりを見せる。


「……うむ、よかろう。召喚は止めて協定とやらにも参加しよう」


「っ!ありがとうございます」


1つちょっとした条件がある。それを叶えてくれるならば要求を呑もう」


「その条件とはいったい?」


 一瞬は受け入れられたと喜んだ交渉人は一転して真剣な表情で条件を確認する。

 それにニヤリと笑みを浮かべた氷のような印象を与える女性は冷静に言い放つ。


「簡単な事だ。おぬしらの世界を一度見せてくれ」


「なっ⁉」


 交渉人は驚愕の声を上げたが別にこの条件は珍しい物では無い。異世界の者達からしてみれば地球が異世界に当たる訳で、そんな他世界の情勢や環境と言うのは興味を引くには十分な内容だった。

 ただ今回は相手がこの氷の世界の住人にして絶対の支配者である女王なのだ。一職員でしかない交渉人には決断しかねる内容だった。


「わかりました。すぐに上の者に確認して返答いたします、今しばらくお待ちいただけるでしょうか」


「うむ、そう言う事なら今しばらく待つとしよう。ただあまり待たせるでないぞ?」


「わきまえております…」


 吹雪が吹くような冷たいオーラを放ちながら脅すようにクギを刺す女王に公証人は、必死に出そうになる悲鳴を堪えて小さく頷くと端末を操作して帰還する。


「ふふふ…どんな世界が広がっているのか楽しみじゃの」


 誰もいなくなったその場で女王は氷の玉座に座りながら楽しそうに笑っているのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――


「っはぁ…はぁ…はぁ」


 そして帰還した公証人『新庄 翡翠』は綺麗な緑色の髪を乱しながら床に手をついて必死に息をしていた。見ているだけでは気が付きようもなかったが女王からは最後の強力なの以外でも、常に呼吸するのにも神経をすり減らすほどのプレッシャーを受け続けていたのだ。

 ようやく解放された瞬間に翡翠は動く事すらままならなくなっていた。


 ただ待たせすぎれば先ほど以上の事があるのは明らかで、なんとか持ち直した翡翠は立ち上がって魔法陣の時間を自分が帰還してから5分後に設定してから上司である『茨木童子』へ今回の話を伝えた。


「了解した。そう言う事ならこちらで日程を調整してから、後日こちらの世界に招待すると伝えてくれ」


「…わかりました」


「わるいな。今回は完全にハズレを引かせちまったようで」


 結論はすぐに出たがあまりにも疲弊しきっている翡翠の様子に、さすがの茨木童子も同情して申し訳なさそうに謝罪した。だが翡翠はそれに上手く返す余裕すらないのか、軽く会釈すると自分に精神を落ち着かせる魔法を使用して魔法陣を起動して女王へと返答しに向かうのだった。


 その返答を受けた女王は行くことが出来るのならと快く受け入れてくれ、後日ゆっくりと打合せする事になり翡翠はようやく緊張状態から解放されて仕事部屋で動けなくなっていた。

 ほどなく回復した翡翠はゆっくりと帰り支度をして帰宅した。


 その途中で和弥がどうしているのか気になった翡翠だったが、すぐに考えることを止めた。


(アイツの事だし、どうせ先に帰ってるわね。下手すれば今頃は寝てるかしら?)


 昔からの付き合いで和弥の事を理解している翡翠は今までの経験から行動を予測して、思わず笑みを浮かべてしまう。

 そんな感じで他にもいろいろ考えながら和弥の家の横の屋敷へと入っていく。そこは屋敷と言うのにふさわしく2m近い外壁に囲まれて、外からでも見えるほどに立派な屋根が見えた。

 しかし屋敷には他に人間が居る気配が見当たらず明かりもついていない。


 翡翠はそんな無人の屋敷を寂しそうに見つめていたが門を開いて中へと入っていった。すると玄関に何かが引っ掛けてある事に気が付いた。


「これは…ふふふ!変に気を使わせてしまったかしらね」


 そこにあったのはケーキが2種類入った箱と千切ったノートの切れ端に短く『賭けに負けたし、これで疲れでも癒せ』と書いてあった。

 もうこれだけで誰が置いて行ったのかなんてすぐに翡翠はわかった。それだけに嬉しそうに箱を持つとお礼に何か持って行こうかしら?と考えながら屋敷の中へと入るのだった。

 その顔にはすでに今日の疲れなど綺麗に消え去っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 そして場面は戻って氷の世界で女王は眠る事なく、何時までも楽しそうに笑みを浮かべて頬杖をついていた。


「さて、向こうの世界には何がある?そしてどんな存在が居る?」


 誰かが居る訳でもないのに問いかけるように紡がれる言葉。

 そこには溢れんばかりの好奇心が見え隠れし、だが同時に何とも言えない不思議な苛立ちのような威圧感があった。


「ここは氷の世界。ゆえにすべてが止まっている。つまりはしてしまっている、変化がない、老いる事もない。だからどうかワシらにと言う甘美な刺激を与えてちょうだい!」


 女王が勢いよくそう言った瞬間に周囲は猛吹雪で包まれ建物の中だろうと、外だろうと関係なくすべてが雪で包まれ何も見えなくなってしまうのであった。

 その吹雪は次に地球から来訪の打ち合わせの使者が来るまで晴れる事なく吹き荒れ続けたと言う。


 こうして変化を望んだ氷の女王は期待と少しの苛立ちを胸に眠りについた。





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