5話 【中央管理局・特別処理課】

「はぁ…はぁ…」


 俺は今、生きてきた中で間違いなく1・2を争うレベルで疲れている。何とかフライングで飛び出した翡翠には追い付けたんだが、翡翠の奴は先に行ったのをいいことに遅刻しない速度で俺の前を塞ぎ続けた。

 その結果、中央区のバイト先に着くまでに上手く抜かすことが出来なかった。なので俺の目の前には薄っすらと汗を浮かべながら勝ち誇った表情で見てきていた。


「ふふふっ今回も私の勝ちね!」


「こんな時ばかり笑顔になるんじゃねぇ」


 本当に普段は不愛想なのにこうやって勝ち誇る時だけは笑顔になるんだからな。しかも無駄に顔が整っているのが、更にこっちの神経を逆なでするんだよ。

 ただ負けたのは間違いないので、ここは大人しくしておく。これより下手に文句言っても勝てないからな…。


「負けは負けだし、今回は奢ってやるよ」


「…なんで負けたのに上からなの?」


「俺はこういう話し方しかできないんだ」


「知っているけど、目上の人にはもう少し丁寧に話すでしょう…」


「それは当然だろ。使い分けはできる。単純に使う予定の人が少ないだけでな」


「はぁ…」


 疲れたように翡翠は溜息を吐くが、そんな態度を取られた所でどうしようもない。すでに十数年の間このまま生きて生きて、特に直そうと思えなかったからな。

 そんな俺の開き直った態度が更に疲れさせる原因なんだろうけど、直すつもりは欠片もない。


 その事を翡翠も理解しているのか溜息を吐いたら顔を上げて諦めたように話し出す。


「いまさら言っても仕方ないわね。それよりも早く行きましょう」


「うぃ~」


 急かすように言うと先に進む翡翠に続いて俺も適当に返事を返しながら付いて行く。

 俺達が今居るのは中央区と呼ばれる場所の本当の意味での中央。

 周囲の高層ビルよりも更に巨大な建物で【中央管理局】と呼ばれる場所でもある。その建物は周囲と比べても特に奇抜と言う訳ではないが、綺麗な外壁や彫られているレリーフによって何処か神秘的にも思える雰囲気だった。


 そして俺達のバイト先はこの建物の1つの部署になる。正直まったく行きたくないけど、報酬が良いので渋々だがこれまで働いて来た。

 なので俺達が入って来ても警備員や受付の職員は慣れた様子で軽く会釈して素通りだ。そのまま俺と翡翠の2人は特に話す事もないままエレベーターで目的の37階まで向かう。


 そんなこんなで数秒、外が見えるガラス張りの空間で俺も翡翠も話さないために静寂の中ようやく目的の階に着いた。


「ふぅ……」


 エレベータの扉が開いて翡翠が先に行ったのを見てから静かに俺は息を吐き出す。なにせ黙っている分にはいつもの事で気にはしないが、無言の時の翡翠は怒ってなくても何とも言えない威圧感があるので疲れる。

 とりあえず一息ついて何とか頭を切り替えて、俺も少し遅れてからエレベーターから降りる。


「こんにちわ~」


「おう、今日は遅刻せずに来たな!翡翠に頼んどいて正解だったぜ」


 俺の挨拶に笑顔で答えたのはその階のエレベーターの前、そこに何故か一人で無駄に豪華な場所に座ってるオッサンがいた。その頭からは立派な角が生えていて見ただけでオッサンの種族が鬼人だと理解できる。まぁ目の前のオッサンは

 なんでこんな場所に自分のデスクを置いているのかは誰も知らない。本人に聞いても適当に流されて終わるのだ。

 とりあえず今は、それよりも聞き捨てならない言葉を聞いたのでそっち優先だ。


「あいつに頼んだのはあんたか⁉」


「おう、翡翠に頼めば確実だと思ったからな。実際に和弥はこうして遅刻寸前だが、ちゃんと時間に間に合って来ているしな‼」


「くっ…」


 確かにおとなしくついて来ているだけに何も反論できない。そんな俺の反応を目の前のオッサンは楽しそうにニヤニヤしていた。


「まぁ怒るな。原因はお前のサボリだからな、逆切れもいいところだろ」


「それはそうでしょうけど、それと翡翠の奴を使うのは別問題でじゃないですか。俺が苦手なのを知っていて…」


「相手の弱点を突くのは常識だろ?」


 嫌味なほどに楽しそうで挑発的な笑顔を浮かべて言ってくる。でも何か言い返す言葉も思い浮かばないので黙っていた。

 そうやって俺が完全に何も言えずに黙り込むと、ようやく話を進められると言ったようにオッサンは話し始めた。


「さてと、話もひと段落したところで本題だ。今日の午前中くらいか?和弥の学校で召喚があったな?」


「ありましたよ。何故か押し付けられた俺が対処して、こっちに送ったはずですけど…何かミスでもありました?」


 なにか含みのあるようなオッサンの話に俺は少し不安に思い、俺の対処でミスがあたのか確認した。

 それに対してオッサンは真剣な表情を浮かべて答える。


「ミスがあった訳ではなくてな。和弥も分かっているとは思うが、今回の召喚陣には我々との協定の紋章がなかった。つまりは未協定者からの召喚だったんだ。なら後はやる事は1つだろ?」


「……え、マジですか?」


「おう、残念だがな」


「お断りします。それでは仕事があるので…」


 確認に対して躊躇なく頷かれた俺は逃げるようにそう言って移動しようとした。しかし俺の目の前にはいつの間にか移動していたオッサンが腕を組んで、その巨体で道を塞ぐように立ちふさがっていた。


「悪いが選択肢はない。ここの規則を忘れたわけではないだろう?『未協定者の発見時は、最初に対処した者が最後まで責任を持つべし』だ」


「くっ…それはちゃんと憶えていますよ。ただ今回は仕事中の事ではなかったですし、関係ない…って事にならないですよね」


 めんどくさい予感しかしないから逃げられないかと思ったが、話しているうちに無理だと悟って諦めた。このオッサンは1人でここにデスクを置くほど変わっているが、地位はかなり高くて逆らっても命令されたら無駄だしな。

 そんな俺の様子を確認するとオッサンは満足そうに頷いく。


「生きていくうえで諦めってのは大切だよな。と言う事で、中央管理局:特別処理課・統括【茨木童子】の名において、今回の仕事を黒城 彰吾に任せる!?」


「はぁ…了解ですよ。出来る限り、問題のないようにを尽くしますよ」


 俺は疲れたように項垂れながらも仕事はちゃんと受け入れる。もうこのオッサンが名乗った通り、目の前にいるのは日本でそこそこ有名な妖怪1人【茨木童子】なのだ。逆らっても勝てる気しないし、本人は『昔はやり過ぎたな!』とよく酔っぱらたった時に言っているが、伝承に残っている内容の半分以上は本当に行った事なのだ。


 つまりは人間が簡単にどうこう出来る相手ではない。と言う事で俺は逆らう事をしない。今の世の中は下手な奴に逆らうと相手にとっては軽くても、こちらが致命傷になるケースが多いので下手に喧嘩などはしない!と言うのが常識になっているほどだ。


「あの和弥の送って来た魔法陣は27号に設置してあるから、そこから好きな時に行って交渉してこい。あ、もちろん他の仕事も今日中に終わらせるようにな」


「はぁっ⁉交渉と他の仕事を同じ日に終わらせろって、俺を過労死させるつもりですか?」


 ちょっと前に逆らわないと言ったが、これだけは譲れない。ただでさえ疲れる交渉と、元からやりたくもないほかの仕事まで一日でなんてやってられるか。

 そんな俺の叫びを聞いたオッサンは眉間に皺を浮かべながら口を開く。


「普段サボっているから悪いんだろ?たまに来た時くらいちゃんと働け。それに翡翠を含めて、他のバイトや社員は全員一日で仕事を終わらせているからな。無理な量の仕事では無いだろ」


「他は他、俺は俺なんですよ!他の人と違って俺は…働きたくないんです‼」


「そんなことを無駄に堂々と言うな…」


 おかしいな?俺が本心を話すとオッサンは頭を抱えるように手を当てて溜息を漏らしていた。そんな反応をされるような事を言ったつもりはないんだがな。

 それから少しの間なにかを真剣に考えていたオッサンは、何か思いついたのニヤリと嫌な感じの笑みを浮かべて顔を上げた。その顔に俺はもの凄く嫌な予感を抱いた。


「おまえがそう言う態度ならこっちにもいい考えがあるぞ、これから向かう世界との交渉が上手くいかなかったら無効一週間は給料半分にする」


「なっ⁉それは横暴でしょう!」


「残念だったな。おまえらみたいに個性が強い奴らを統括するために、俺みたいな管理職にはそう言う権限が与えられてるんだよ」


「え…」


 まさかのオッサンからの宣言に俺は言葉を失う。一応これでも記憶力には自信がそこそこあったのだが、そんな強権ともいえる権限の話は聞いた事がなかった。


「この権限については管理職になった時に、初めて教えられるものだ。いくら和弥が最年少で局員になったと言っても、今はバイトでしかないからな。まだまだ知らない事は多いぞ?」


「いや、改めて言われればそうでしょうけどね。それでもちょっと仕事が遅れるくらいで、給料の半額は酷くないですかね?」


「普段真面目に働いてる奴には言わんが、おまえは普段から無断欠勤・仕事の遅れ・仮病とやりすぎなんだよ…」


 給料の減額に俺が不満を漏らすとオッサンは呆れ果てたようにそう言った。

 改めて言われると確かに真面目には働いてなかったな。いや、だってここの仕事量が異常に多いのがいけないとも思うんだが、それをここで言っても勝てる気はしないので何にも言えない。


「ははは……」


「笑ってごまかすな。とにかく、もう言ったが今回の仕事はちゃんとこなしてこい。残りの説教と、他の仕事に関する話はその後だ」


「わかりました。今日の分の仕事はちゃんとやりますよ」


 これ以上は断り続けても後の説教が長くなるだけなので、素直に頷いて今日は真面目に仕事を片付けることにした。

 一応説明して措けばこの特別処理課の仕事は超常が日常になった事で起きるようになった、常人では対処できない物事に対処するための部署である。

 例えば今回の違法召喚への対処などがいい例で、協定を結んでいるところの違反なら罰則を言い渡しに行き。未協定の世界には協定への参加に関する交渉に、拒否された時の召喚対策などが仕事となるのだ。


 俺も一応だが超常寄りの家系なのでこの特別処理課で働かせてもらっている。

 そんな特殊な仕事内容だけに給料もよく、下手に減給だのクビにされるのは俺としては自由に使える金額が減るので困るのだ。もっと言えばクビになった利して親にバレると、間違いなく殺される!それだけは何が何でも阻止しなければならない。


「本当にここまで簡単に脅しに屈すると、逆に清々しく感じるな。…とりあえず仕事をやってくれるなら問題はない。それと?」


「りょ~か~いで~す!」


「一々のばすな」


「はいはい、それじゃ行ってきます‼」


「おう、気を付けていってこい」


 最後に少しふざけてしまったが、オッサンは短くそう言うと自分のデスクにいつの間にか戻って書類の整理などをしていた。本当に何時の間に移動しているんだか…

 それよりもさっさと仕事を終わらせて休むためにも、急いで俺は更衣室へと向かって自分の仕事着へと着替えることにした。

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