3話 新たな日常


「はい!いま見せた映像が『異界会見』と呼ばれる。今から約80年前、この世界で初めて異世界や妖怪と言う、超常存在が公に認知された時のものになるわけね」


 電子黒板の前で映像を切って熊の耳を生やした教師が話している。

 そんな教師を見ながら俺『黒城こくじょう 和弥かずや』は必死に眠気と戦っていた。いや、だって今見せられた会見映像は今でもテレビで定期的に放送されているからな。正直な話し見飽きた。


 ちなみに熊耳の女教師はこのクラスの担任で、熊獣人の『森谷もりや 実子みこ』という。髪型はボブカット?との茶髪で目は大きく、身長は種族の特徴として長身で2m弱、体つきも結構ガッチリしているのだが比例するかのように胸も大きい。

 ただ本人はいろいろと大きい体つきを気にしているようで、小型種の女性を見ると何時も羨ましそうにしているのを目撃する。


 そんな事をぼんやり…と考えていたらめっちゃ睨まれていた。


「いま、変な気配を感じたが…黒城、何か変な事でも考えてたのかな?」


「いえ!少しも考えていません‼」


「…本当に?」


「はい!」


「……まぁ、いいでしょう…」


「ふぅ……」


 焦った、獣人種の勘が鋭い事を忘れていたよ。とにかく元気よく返事をして誤魔化したけど、まだ疑われてそうだし今日は大人しくしてよう。

 そう決意した俺は、今のやり取りで完全に眠気も消し飛んだのでとりあえず黒板を見ていた。


「さて、少し脱線しましたがこの会見で世界は大幅に変化しました。その中でも最も大きな変化はなにか…新庄さん答えて」


「はい」


 森谷先生に指名されて立ち上がったのは綺麗なエメラルドグリーンの髪を背中に流し、細く綺麗に芯の通った真っ直ぐな姿勢に造り物のように整った綺麗な顔立ち。その全てが完成されたように見える、尖った耳のエルフの少女。

 彼女は『新庄 翡翠しんじょう  ひすい』この学園でも類を見ない美少女だ。


 しかも完成された容姿の他にも運動センスまで抜群によく、勉強なども常に学年上位から外れたところを見たことがない。本当に嫌になるほど完成されていて、それでいて人当りもいいので周囲からは女神のように扱われている。

 いや本当、こいつはいつも面の皮が二重三重にと熱くなっているから俺としては気持ち悪くて仕方がない。


 などと俺が考えていると森谷先生と翡翠の2人は授業を進めていた。


「この会見後、最も変化したのは魔導や陰陽道などの異能を取り入れた事による技術の発展だと考えられています。元から存在した電気工学に他の魔導学などを導入する事で、作り出すのに数十年はかかると言われていた大気圏エレベーターや、完全自動運転の自動車、更には問題となっていた温暖化問題までもが解決することが出来ました。この事により人類は数世紀先の技術を手に入れたと言われています」


「よく覚えていましたね。その通り、いま新庄さんが言ったように技術の発展。これが最も変化した事だと言ってもいいでしょう。ですが、もう一つ大きく変わった事があります。それは…話を聞いているかも怪しい黒城」


 長々と真面目に話す翡翠に感心していると突然呼ばれた。

 もしかしなくても、俺が答えるように言われたような。などと思わず現実逃避していると森谷先生が目の前に来ていて、腕を振り上げ…ゴンッ‼


「いってぇ~~~⁉」


「担任の話を無視するとはいい度胸じゃないか黒城」


「いい度胸じゃないか…じゃないですよ⁉あんた自分の種族考えて殴れよ‼普通に頭がもげるかと思ったわ‼」


 人を殴っといて説教を始める目の前の馬鹿力教師に思わず言い返えして、その表情を見た瞬間俺は自分のやらかしに気が付いた。

 なにせ目の前には本当に冷めきった目で見下ろす野生の熊がいた。


「ほう…言うに事を欠いて、人の事を野生の熊だと?」


「やべっ!」


 思っていた事が口から洩れていたらしく森谷先生からの殺気を感じて俺は逃げようとしたが、それよりも早く襟首を掴まれて動けなかった。

 いつの間に後ろに移動したんだろう、この人…


「さて、とりあえず話を聞いていたなら、も・ち・ろ・ん!質問に答えられるわね?」


「は、はい…」


 もうここまで怒らせた状態で逆らうのは命が危ないからな、ここは大人しく言う事に従っておこう。

 少しぎこちないけど俺が頷くと森谷先生は掴んでいた手をようやく放してくれた。


「先に行っておくけど、逃げようなんて思わないようにね。もし逃げたら、これから一週間は放課後は補習にするから」


「っ⁉もちろん逃げませんともっ‼」


 なんて恐ろしい事を言うんだろうかこの教師は…を知っているはずなのにな。

 それでも原因がばれると怒られるのは学校ではなくて俺になるので、ここは真面目に答えておこう。


「それでは…技術発展の他に大きく変化したのは、映像でもあった【マギルティア】の結成とその活動に大きく起因する。マギルティアが最初に対処を始めた神隠し事件の解決。その方法として異世界へ直接乗り込んでの奪還が実行され、それ自体は大きな成果を出して成功しました」


「だが、それでは完全には解決せず。呼び出した世界の人間達はマギルティアの構成員に攻撃を仕掛け、結果的にしばらく世界間での争いが多発しました。ですが召喚した世界側は、召喚した国1つが抵抗しただけなのに対して、マギルティアは本当の意味で世界中の種族・人種などを問わずに協力していた為にすぐに戦いは終息した」


「その後はマギルティアも毎回争うのは効率が悪いと判断して、一つ一つの世界に交渉に赴き新たな約定を締結しました。それこそが旧世界との大きな変化『世界間渡航条約』になり、巷では別名『召喚規則』などと呼ばれる約定になります。これにより強制召喚は大幅に減り、今では本人の自由意思によって選択の権利が与えられるようになりました」


「「「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」」」


 補習が嫌な一心で正しい知識を話した。でも話し終わったのに周りは何故か驚いた表情で固まっていた。なんだ?俺なにか変なこと言ったか?

 そうやって不安になって周囲を見渡すと、たまたま目の合った翡翠が呆れた目で見ていた。だから何だよ⁉と言う視線を送ると気が付いたうえで無視された。


「おい、黒城」


「え、はい!ちゃんと説明しましたよ‼」


「あぁ…確かにお前はちゃんと説明したな。でもな、誰がまだ習っていない所まで説明しろと言った?普通に約定について説明すれば済んだろう…」


「あ…」


 森谷先生に言われて自分のやったことについてようやく理解した。約定については一般常識としてみんな知っているが、その経緯については高校2年。つまりこれから習う範囲なわけで、それを授業よりも先に詳しく説明してしまったわけだ。


「…なんか、すいません」


「いや、無駄にプレッシャー掛けた私も悪かったわ。とりあえず黒城も次からは気を付けるようn《召喚警報!付近で召喚予兆を確認。付近の人々は気を付けて、落ち着いて対処してください》


 森谷先生が話している途中で遮るように警報が響き渡った。この警報は魔導学を導入したもので、範囲に居る人間の頭に強制的に入って来ると言う作りになっているので嫌でも聞こえてしまう。

 と言うよりもこの警報は…


「めずらしいな、警報が出るほどの規模か」


「そうですね…警報が出ているところを見ると、大分大規模のようですね。例えば…1?」


 俺が嫌な予感と共に冗談半分にそう言った瞬間、まるでお約束とでも言わんばかりに教室の床一面に魔法陣が広がった。その事に今まで俺と森谷先生の話を聞いていたクラスメイト達の目が『おまえ変なフラグ立てるなよ⁉』と面白いぐらいに言ってくるようだ。

 そんな風に俺が現実逃避していると森谷先生は冷静に対処を始めていた。


「は~い!黒城へ不満があるのはわかるけど、それよりも前の席の人~早く‼」


「了解です‼」


 なんか結局、俺が原因みたいな扱いのままだが森谷先生の言う通りに他の同級生達が動き出す。一番近くにいた奴が、入り口の近くにある小さい魔法陣に触れて軽く魔力を流すと、今度は天井に足元の召喚用とは別の魔法陣が展開する。

 これは30年ほど前にマギルティアが世界に発表した【対・強制召喚妨害陣】まんまの名称だが、それだけに効果は確かで証拠に足元の魔法陣は光が消えて機能停止した。


「はい、ついでだしこのまま授業を進めることにするわ。まずは召喚陣が現れた時は、すぐにも今みたいに対・召喚陣を起動するのはちゃんと知っているでしょ?」


「「「「はい!」」」」


 俺が他のこと考えてる間に普通に授業再開してるんだけど⁉他の奴らも慣れているにしても、立ち直り早すぎるだろ。

 そうやって俺が飽きれている間にも魔法陣を放置して授業は進む。


「なら次にどうすればいいのか、これについては責任取って黒城に説明してもらいましょう」


「はいぃ⁉」


 いきなり名前を呼ばれて変な声出しちまったじゃないか、しかも責任ってなんだよ…俺は何もしてねぇよ。


「はいはい、不満そうな顔してないで説明を早く」


「…わかりましたよ」


 どうやら思ってたことが顔に出ていたようで有無を言わさない感じでうながされた。これ以上は逆らっても余計めんどくさそうだし諦めよう。

 そして覚悟を決めた俺は今度は話しすぎないように気を付けながら話し出す。


「対・召喚陣を起動した後は、ここ数十年の間に決まった契約の文様が魔法陣に描かれているかを確認します。その文様が存在する場合はマギルティアとの交渉に応じ、約定を結んだ世界である証明となります」


「正解!では、もし文様がない場合は?」


「はぁ…文様が無いのは交渉を拒否した世界か、まだ未接触の世界からの召喚となるので、すぐさま魔法陣そのものを転送する事が義務付けられています。これでいいですか?」


 とりあえず説明するべきことは話し終わったので、礼儀的には微妙だけどもうめんどくさかったので、もう説明しなくていいか確認した。

 すると俺の言い方に怒ったように目元をピクッと動かしたが森谷先生は、表情に感情を出さずに笑顔を浮かべて頷いた。向けて来る目は欠片も笑ってないけど…


「えぇ完璧よ。他にも約定を結んでいる召喚陣だった時は、その人の判断で応じる権利を持つわ。もちろんその場合でも、召喚に応じることをマギルティアへ通達する必要があって、それ専用のデヴァイスもみんな持っているわよね?」


「「「「もちろんです」」」」


 森谷先生の確認に他の奴等は声をそろえて返事を返す。さっきから思ってたけど、こいつら合図も無しにどうやって声をそろえてんの?練習でもしたんだろうか…

 なんて関係ない事を考えながらも俺は、また使命とかされたくないのでデヴァイスを持って手を振っておく。


「…もし召喚に応じる場合はそのデヴァイスを召喚陣にかざして、行く世界の座標を認識させてから応じるようにね。忘れると帰還費用で100万は罰金として払う事になるので」


「森谷先生~授業続けるのもいいですけど、この召喚陣はいつまで放置しておくんですか?」


 このままだと延々と授業を進めそうだったので、怒られそうだけど勇気を出して話した。いや、足元に召喚陣ある状態でいるの地味に落ち着かないから仕方ないよな。


「あぁ…確かに、いつまでも放置はできないし仕方ないわね。それなら黒城よろしくな!」


「…は?」


 生徒の俺に何を頼んでんのこの教師は?と言う意味を込めて声を低くして聞き返してしまった。でも後悔はしていないぞ、普通に対処できるのに俺に押し付けようとしているんだからな。

 だが森谷先生は気にするどころか、何故か俺の反応に不思議そうに首を傾げていた。


「いや、だって黒城なら問題ないだろ?むしろこの学校で黒城に以上に詳しい人間なんていないしな」


 森谷先生の話には言いたい事がないわけではないが、言ってることは正しい。確かに俺以上に召喚陣などに詳しい者がいないのは間違いない。

 その事は俺も理解はできているし、これ以上なにか言ってもいい事なさそうなので諦めた。


「…はぁ、分かりました。なら少し時間がかかるので、授業を進めてくださいよ…」


「分かったわ。それなら他のみんなは会見の映像を見て、変化した世界の常識に関する問題用紙を作って置いたから。50点満点で40点越えなかった人は、今日の宿題を3倍にするから頑張って‼」


「「「「えぇ~⁉」」」」


 なんか後ろでクラスメイト達の悲鳴が聞こえてきたような…きっと気のせいだな。それよりも召喚陣を確認して文様の有無。次に世界の座標を調べて、召喚陣に刻まれてる


「はぁ…とにかく頑張ってやりますかね‼」


 そうやって自分に気合を入れると俺は余計な事は忘れて、召喚陣へと向かうのだった。

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