2話 【マギルティア】
会見場では突然のファンタジーすぎる内容に最初こそ誰も信じなかったが、話していた人物『クリス』が存在しないはずのエルフである事や世界中で伝説上の存在が次々に現れると信じる以外の選択肢は人類に残されていなかった。
更に立て続けで発表された魔術・怪異対策組織【マギルティア】結成。あまりに連続して起こる常識外の内容に世間は混乱を極めていた。
そんな混乱する人々の中でクリスは本当なら休憩を挟み、冷静になってから説明を続けたかったが今進んでいる事態はそんな余裕を許してはくれない。
クリスも一刻を争う状況だと理解しているために申し訳なく思いながらも魔術・怪異対策組織【マギルティア】について説明を始める。
『いきなり色々な情報が伝えられて皆さま混乱しているとは思いますが、いまは時間が惜しいので説明を続けさせてもらいます』
『まず【マギルティア】と言う組織がどういう目的で動くかなどについては、先程告げた通り魔術や怪異などの通常ではありえない事件に対応するための機関となります。今回で言えば異世界からの強制召喚、これを解決する事が最初に私達が行う事になるでしょう』
「す、すみません!少しいいでしょうか‼」
説明が一区切りした瞬間、メディア達の中からまだ比較的若い一人の日本人の記者が立ち上がった。周囲は他国のメディア達は迷惑そうにしていて、同じ日本の他記者達は下がらせようと慌てていた。
なにせ最初に『質問は後で』とわざわざ注意を受けている。それを無視する行為はどう考えてもマナー違反で会場から追い出されてもおかしくはない行動だった。
『何でしょうか?今の話のどこかに気になるところでも有りましたか?』
そんな周囲の混乱を止めたのは質問に答えたクリスの声だった。メディア達はまさか答えるとは思っていなかったのか最初は驚いた様子だったが、すぐにこれから語られる質問とその答えに興味は移って会場は静まり返る。
周りが静かになると、質問した張本人の若い記者は少し緊張した面持ちでゆっくりと話し始める。
「はい、私は日本の○△社の
「「「⁉」」」
「「「??」」」
その若い記者『佐藤 隆士』の質問に言葉の分かる日本人の他社の者達は驚いた表情を浮かべ、すぐにクリスが何を答えるのかと壇上へと集中する。だが言葉の分からない他国の記者達は何を質問したのか、もっと言えば何を話したのかと首を傾げる。
壇上のクリスは反応の別れたメディア達を見て何かに気が付いたように、少し申し訳なさそうに苦笑いで話し出した。
『質問に答える前に、少し失礼します。今の質問を理解できなかった人も多いようですから、理解していただくため。更にファンタジーな物で解決しましょう………【
最初はクリスの言葉を信じずバカにしたように見る人も多かったが、大半の人達がこの瞬間『クリスの言葉を全ての人間が理解できている』と言う異常な状況に今更ながら気が付いた。
そしてクリスが右手を前に出してゆっくり言葉を放つと、付き出された手に幾何学模様の魔法陣が現れて会見場を覆う。
いきなりの事態にバカにしていたような人達や覚悟していた人達も、分け隔てなく動きを止める。その間にも魔法陣がゆっくりと下がり始めて全身を通り過ぎた。
しかしそれ以上の変化は特に現れることがなく。通り過ぎた魔法陣はまだ役目があるように、地面に描かれたままだが消える事も、何か変化する事もなかった。
これに何の意味があるのか?と首を傾げる者が多くなった中、クリスだけは魔法陣を確認して満足そうに微笑みを浮かべていた。
『まだ実感のない人も多いと思いますが、今この場の人の発言は誰もが理解できるようになっています。それこそ画面の向こうの人々にもちゃんと理解できるでしょう』
「「「「「はぁっ⁉」」」」」
クリスのあまりにも現実離れした話しにメディア達は腹の底から驚きの声を上げた。なにせクリスの説明が本当ならば、この場にいる人間の言葉は国や地方などの複数の言語に置き換わって伝わると言う事を意味するのだ。
もし効果が本物だった場合、いままで苦労して習得していた他国の言葉などは学ぶ必要すらなくなる可能性があるほどの重大事である。
その事はもちろんクリス本人も理解しているので念のために注意を入れる。
『一応説明して措きますと、この【魔法】はそこまで便利な物ではなく。完全な範囲指定で、設置した場でしか効果が出ません。その範囲の大きさ自体も使用者の能力に依存するので、人によりかなり大きく変化してしまいます。なので、言語はできるだけ自力で学ぶことをお勧めします』
『一応、この場では大勢の人々に理解していただくために使用させていただきましたが…通常ではありえない措置だと言う事も、しっかりと認識しておいてください』
最後に念を押すように今回は特別だと告げるクリスの説明を、性格に理解できた人間は少なかった。なにせ魔法など見た事もない人間が、いきなり魔法の詳しい説明をされて理解できるはずも無いのだ。
もちろん中にはファンタジー小説やゲームが好きな人達など、創作物だが知識としては持っていたのですぐに受け入れられる人達も確かに居た。
そう言う人達はクリスの説明を聞いたり、身近に表れた伝説上の妖怪や幻獣などを見て興奮して、自分達に魔法が発動できないかなど早速試し始めていた。中には奇行に走りすぎて警察に取り押さえられた者も出ていたが、今は何処も異常事態が発生中なので誰も気にも留めなかった。
そして翻訳魔法の発動と説明を終えたクリスは改めて、質問を投げかけて来た記者の佐藤へと向いた。
『さて、これで言葉が通じるようになったと思いますので、先程の質問にお答えしましょう。まずは質問は『強制召喚された人たちが生きているのか?』と言う事で間違いありませんね?』
「は、はい」
『…その答えは簡単です。私達にもわかりません』
「「「「な⁉」」」」
ようやく聞く事の出来たクリスの答えに、言葉を聞き取れるようになった各国メディアも含めて声を上げてしまう。中には立ち上がって怒鳴ろうとした者も居た。
だが次の瞬間、その場で騒いでいたメディア達は感じた事のない重い感覚を感じて動きを止める。
すると会場の扉がゆっくりと開いて誰かが会場に入って来た。
『少し全員、落ち着いてはどうだろうか?』
ゆっくりとした落ち着いた口調だが、確かな威厳を含んだその声は会場の空気を一瞬で支配した。
そして声の人物がコツ…コツ…と足音を響かせながら会場を真っ直ぐに進む。するとその姿がはっきりと見えるようになった。
身長は約180㎝の長身で細身だが弱弱しさなどは欠片もなく。その体は適度の引き締まった鍛え上げられ、服装は赤いワイシャツと黒いネクタイとロングコートを身に纏って、真っ赤な髪を伸ばして後ろへと流した渋いイケメンがそこに居た。
その瞳は綺麗な琥珀色で何処か野生の生き物のような鋭さを持ち、特に人々の視線を引き付けたのは耳の上あたりから生えている角と、ロングコートの間から覗く太いトカゲのような尻尾。
その特徴だけでも彼が人間ではない事は会場の人々は一瞬で理解していた。しかしなによりも人々を驚かせたのは、各国首脳陣が驚き慌てていた事だった。
『あんた等も国のトップなら、そんな慌てて無様を晒すな。人の上に立つ者ならそれ相応の心構えを持て』
「「「「⁉」」」」
まさか各国首脳陣に対しても不遜な態度を崩さずに話す男性に周囲の人間達は息を飲む。
そしてこの場で最も動揺していたのは壇上のクリスだった。
『⁉あなたの出番はまだのはず…』
『それはお前達の決めた事だろう。少しは待った、なによりマギルティアについて説明するなら俺の方がいいだろ?』
『うっ…確かに、そうですが…』
目の前の男性の言い分にクリスは反論できなくて悔しそうにうつむく。周りのメディア達は突然の事態の変化について行けずに戸惑っていた。
そんな周囲の様子を見事なまでにスルーした男性はクリスの反応に満足そうに頷いて、すぐにクリスを下がらせてマイクの位置を調整すると話し出す。
『さて、何人かは予想できている者も居ると思うが、まずは自己紹介から始めよう。俺は『龍人種:龍王』で名は『エデルヴァ・サクリフィア』この度、マギルティアの局長を拝命する事になった』
「「「「⁉」」」」
もう今日何度目か分からない驚愕に世界中の人々は動きを止める。
いままで話しを聞いていた人たちは共通認識として、代表していろいろと話していたクリスこそが組織の代表だと思っていたのだ。
しかしエデルヴァはその人々の反応など気にもかけなかった。
『そして先ほどの質問の答え、失踪者の行方や生死については我々も把握しきれていない。ほんの数人は無事見つけ、現在はこちらで保護した者も存在する』
クリスの答えを引き継ぐように話し出したエデルヴァの話した内容に、会場のメディア達はカメラを一斉に向ける。しかしカメラを向ける事はしても、一人として次の質問しようとすることはなかった。
何故なら話しているエデルヴァの声は異様なまでの重みを内包していた。
その声を聞いたメディア達は下手に話す事を無自覚に避けていたのだ。
もちろんエデルヴァはカメラを向けられても緊張した様子はなく、いたって真剣に淡々と説明を続けた。
『その保護した者達についても。現在は異世界特有の病原菌や変化の確認を行っている状況だ。確認が終わりしだい、本人の意思に沿った形で公表させてもらう予定だ』
エデルヴァは偉そうな態度は変わらないが、質問への答えはハッキリと簡潔に言った。その説明を聞いたメディア達はシャッターを切る者、何所かに電話を入れるものなどと慌ただしく動き出した。
いままでの被害者達は目撃情報も欠片もない中、初めて発表された『被害者の保護』と言う情報が入ったのだ。それだけで世界は大騒ぎになっていた。
本来なら今すぐにでも誰が保護されたのか聞きたいのが会場に居る人々の本心でもあるだろう。しかし話せない理由まで言われている状況下で、そんな質問をすれば今後の関係に悪影響が出ると判断して誰も言葉を発さなかった。
この時、すでにメディア達や会見場に集まった人々は理解していたのだ。これから変わる世界において、彼等【マギルティア】との関係が全てにおいて優先される物になると…
そして人々が慌ただしく動く中でエデルヴァはゆっくりと息を吐く。
『ふぅ~…さて、それでは最後に我々【マギルティア】について軽く話しておこう。まず我が対策組織は各国からの援助を受ける立場だが、決して誰かの下に着く存在ではない。次に、組織に入る者の基準は簡単だ。年齢不問・種族不問・職歴不問・学歴不問、面接と適正審査の二つを達成すればだれでも歓迎しよう!ただし、一度でも犯罪に手を染めれば…我々が責任を持って排除する』
「「「「っ⁉」」」」
最後の言葉を発した瞬間、いままでエデルヴァが発していた圧が強くなる。その圧に会場中の人間達は冷や汗を流して息を飲んだ。
後ろに控えているクリスでさえも、薄っすらと汗を掻いて表情を硬くしていた。
『本来なら更に規約についても説明したいところだが、それは所属した者にだけ教える事にしているので諦めろ。では、これで会見は終了だ。これからも細々と知った公表をするので、皆には協力してもらう事になるだろう。その時はよろしく頼む…』
微妙な空気が漂う中エデルヴァは静かに会見の終了を宣言して、最後には軽く頭を下げて会見場を後にした。
そしてエデルヴァがいなくなった会見場はしばらく静寂に包まれたが、足元の魔法陣が薄っすらと光を放ちながら消えると人々は正気に戻り始めた。
正気に戻った人々はとにかくすぐに動かなければ!と会場を急ぎ足で後にしていった。
その後、誰もいなくなった会見場に取り残されたクリスと各国首脳陣は、途中から完全に空気になってしまっていた事もあり、なんとも微妙な空気になっていたと言う。
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