第87話 事後処理②
「そんなことはどうでも良いのだ! 今は――」
カルム卿が叫ぶが、またもグガイン中将の重く響く声にかき消される。
「ほう? どうでも良いと。想定外の敵国の同盟によって我が帝国が散々煮え湯を飲まされたケルン戦線の勝利を、どうでも良いと貴殿はおっしゃるのかな?」
「うぐ……それとこれとは……」
「関係ないかね? いいや、関係あるのだ。大いに関係あるのだよ」
グガイン中将が再びたっぷりと溜めを作ってから、静かにこう言った。
「その男は、セレスティア共和国の四将を一人で全て屠ったのだぞ?」
「なっ⁉」
「いや報告は上がっていたぞ」
「だがグガイン中将直々に認められるなど……!」
「それほどまでなのか、この逸材は……」
周囲の貴族たちの空気が一気に変わった。
当然ながら俺の二階級昇格の件は帝都にまで伝わってはいる。その理由も一緒にだ。
だが多くの人間はその功績を懐疑的に見ていたのだ。戦況不利のケルン戦線をもり立てるための方便とすら疑う声があった。
それを今、ケルン戦線の司令官であるグガイン中将が自ら名指しで認めた。この意味は貴族たちにとって大きかったのだろう。
「ぐ……だが! 帝国の掟を……」
「ふむ……それを破ったのは私の知る限りこの男だけではなかろう。なぁ? カルム卿よ」
「なっ……」
グガイン中将の脅し。
それがブラフであったとしても、これほどまでに大きな効果を持つ言葉はこの場になかっただろう。
バレたくないことがあるのはカルム卿もまた、同じなのだ。
皇帝に黙って王国と繋がり、戦争の火種を持ち込んでいたという事実はカルム卿にとってどうしてもバレてはならないことだった。
俺が相手ならばよかっただろう。俺自身バレてはいけない敵国への手助けがあったのだ。
こうしてグガイン中将がこなければ俺は帝国軍人としての身分を剥奪はされただろうが、命までは取られなかっただろう。
だが、グガイン中将が現れたことでカルム卿はその矛を収めなければならなくなる。
俺が軍人を続けられる範囲で……。
「だが……無罪放免では示しがつかんぞ」
カルム卿のその言葉は、事実上の敗北宣言だった。
「ふむ。ではこれでどうかな? この男はいきなり二階級も特進したのだ。生意気なことだ。今回の一件を受けて降格、もう一度やり直させれば良いだろう」
グガイン中将もこの落とし所を予め用意していたのであろう。
結局グガイン中将の言う通り、俺は降格処分のみで済まされることになる。
むしろグガイン中将が直々に認めた軍人として、降格しながら注目度を高める結果になったかもしれない。
一方カルム卿はその場でこそ何か追求されることはなかったものの、含みのあるグガイン中将のブラフのせいでその火消しに大いに時間と金を割かざるを得なくなった。
礼を告げようとしたグガイン中将は俺が自由になった頃にはすでに、別の戦場へ旅立った後だった。
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