第68話 伏兵

「やりやがった!」


 他の騎馬隊よりも早く馬を鎮めたアウェンが声を上げる。


「アウェン! 味方に届くように声を!」

「おうよ! 敵将、騎馬隊長ウォーカーを! リルト=リィルが討ち取ったぞぉおおおおお」


 張り上げたアウェンの声が戦場に響き渡った。


「うぉおおおおおおおお」


 自軍から歓声が沸き上がる。


「な……馬鹿な⁉ ウォーカー隊長が⁉」

「馬上では一度だってピンチにも陥ることがなかったのに……」


 混乱する敵軍、だがウォーカーが率いていた騎馬隊だけは戦意を失っていない。むしろ主君の無念を晴らさんと血気に滾っていた。


「まだ囲んでいるのだ! 決して逃がすな!」

「あんたが副将か」

「なっ……貴様いつの間に⁉ それにその馬! 貴様ぁあああああ」


 ウォーカーが乗っていた馬を借りて敵の副将に迫る。


「私もろとも突き刺して構わん! この男を討ち取れ!」

「立派な指示だけど……お前たちはここで玉砕していい部隊なのか?」

「玉砕……? 馬鹿を言え。お前を討ち取るくらい容易……なにっ⁉」


 敵の副将が驚愕した理由は再び崖の上。

 予め仕込んでおいた魔法が発動したのだ。


「馬鹿なっ! 伏兵だと⁉」

「副将! このままでは……!」


 崖からは姿の見えない魔法攻撃が降り注ぐ。

 すでに騎馬隊の何人かはその攻撃に落とされている。


「くそ……! だが……」

「良いのか? やるなら喜んで相手をするけどな」

「ぐっ……」


 あとはもう勢い任せだ。

 当然あの崖の上に伏兵などいない。

 そもそも兵を配置するのは実質不可能だからこそ、こちらも敵も配置していないのだ。そのくらいの断崖絶壁。


 だが俺の仕込んでおいた時限式の魔法はうまく機能してくれた。

 ここで相手を引かせることができれば俺たちの勝ちだ。


「退却だ! 黒騎士団は退却しろ! ウォーカー隊長の骸には指一本触れさせるな!」


 副将の声に合わせて即座に俺たちを囲んでいた騎士団が動き出す。

 あとはもう事態についていけていない敵の雑兵のみ。


「アウェン、さっさと切り抜けよう」

「おうよ」


 元の馬に乗り直して俺たちも戦場から一旦退却することにする。

 ティレルは討ち取っていないにせよ、チェブ中尉を失いながら目標の片方を討ち取って生還するのだ。文句は言わせない。


「ひとまずグガイン中将に報告がてら、本陣に戻ろう」


 少しくらいそこで休ませてもらえると信じて。

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