第59話森の外れで②

「軍部の怠慢など、帝国からすれば本当にありえぬことだがな……ことが露見すれば関係者は一族郎党に及ぶまで首が飛ぶだろう」

「うちもそうですよ。本来なら、ね」


 民衆軍レジスタンスの若い男は不満げに訴える。


「だからこそ俺たちは、この国を本来の形に戻そうとしてきた」

「まあでもそれも終わりだけどな。あのわがまま姫様のリミッターだった執事がいなくなったんじゃ、俺たちがなにしたって不満なんて抑えきれないし」

「別に国を建て直さなくったって、あんな無法の王族に付き従わんくて済むようになるならそれでいい」


 民衆軍レジスタンス、いや王国民の言葉にカルムは考えこむ。

 王国の政治は良くも悪くも普通だ。そうすれば当然、恵まれぬものたちに不満が募るのは仕方がない。だがそれをうまくいなすのが王族や貴族の義務だった。

 それをあろうことかアステリタの王家は、いやその一人娘キリクは、民衆の不満に気づくこと無く逆に刺激し続けていた。そして王もまたそれを諌めなかった。


 それもこれも、彼らの話を信じるなら、たった一人の男が姫に変わってその民衆の感情までコントロールしていたからだ。


 だが……。


「化け物執事もいない。俺たちの動きに呼応して国内はきっと混乱するでしょうね」

「場合によってはカルム卿がもう全部持ってっちゃったほうが平和かもしれませんね」

「戯言を……」


 だがそうなればと、野心家のカルムはひそかにほくそ笑む。

 それでなくてもこれまで手が出しにくかった王国の内部事情を引き出し、こうしてその領土を削り取る計画をすすめることに成功しているのだ。

 改めて帝国にとって大きな貢献を認めてもらえる日が近いことをカルムは確信していた。


「まあ良い。とにかくこれでお前たちの国、アステリタの西は我が領土になる。そしてそこが、お前たちの新たなすみかだ」

「ありがとうございます!」

「手はず通り進めろ。うまくやれ」

「わかりました。これからもよろしくおねがいしますよ、カルム卿」


 一人の執事の与えた影響がこれほどまでに大きいと認識されることは異常だ。

 だがそのおかげで、カルムにとって都合よくことが運んでいる。

 民衆の不満の根源であるキリクを捉えるために兵を貸し、その混乱に乗じて王国の領地をかすめ取る算段。

 民衆軍レジスタンスはキリクを殺すつもりだったが、なんとか抑え込んで交渉材料につかうことを飲ませた。キリクの身柄と引き換えに莫大な領地を得るのだ。


「何もかもうまくことが運びよるわ」


 民衆軍レジスタンスが消えた小屋でカルムがひとりほくそ笑む。

 カルムは自分の幸運に感謝していた。

 すでにその執事が帝国にいるという情報は入っていたからだ。

 そして息子のギークが、その実力を見極め、逐一報告もしてきている。


「所詮王国など、偉大なる帝国には遠く及ばぬ小物だったということであろう」


 冷静に民衆軍レジスタンスの話とギークからの報告を比べればその意味が見えてくる。

 小さな国だからこそ活躍できただけ。帝国に入ればその才能は有象無象の一部と同じだ。

 多少できるやつ、とはギークから報告を受けているが、とてもじゃないが一人で国を動かすような大人物とは思えない。


「王女もあの若造どももどうなろうと知ったことではないが、見る目のないやつらだ」


 カルムが心底愉快そうに笑う。


「これで私の領土は倍増……皇帝陛下もその功績を讃えてくれるに違いない」


 誰もいない小屋で一人、カルムは近い未来に訪れるであろう自分の幸運に酔いしれていた。

 その姿をある者に見られていることになど、全く気付くこともなく……。

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