第58話森の外れで①

「これでよろしいのですね、カルム卿」

「ああ。すべて予定通り。あとは私に任せておけ」

「ではうまくいった暁には……」

「わかっている。お前たちはすべて我が臣下として迎え入れる。場合によっては貴族になれるぞ。帝国のだがな」


 ガルデルド帝国とアステリタ王国の国境付近の森の中にポツンと立つ小さな小屋で、一人の帝国貴族と、王国の民衆軍レジスタンス幹部数名が密会を行っていた。

 ガルデルド帝国の東、カルム辺境伯の領地ではあるが、眼前にはもうアステリタ王国の西の街、アレリアが見える位置で男たちは会話を楽しんでいる。


「しかしやりやすくなりましたよ……王女に付いてた執事がいなくなってくれたおかげで」

「よく聞く話だが本当にそれほどまでに優秀なのか?」


 訝しげに尋ねるカルムに対して、次々に民衆軍レジスタンス幹部たちが声を上げる。


「今回お渡しした王国の守備に関わる資料ですが、かなりざるだと思いませんか?」

「ふむ……。まさかお前たちからその言葉が出るとはな。罠がないかとあとで探りを入れてやるつもりだったわ」


 豪快に笑うカルムに苦笑しながら幹部の一人がこう答えた。


「守備がざるな理由もまさに、その執事のせいですよ」

「どういうことだ?」

「簡単です。これまでその執事が一人で勝手に守ってたんですよ、あらゆる場所を」

「は?」


 ありえないことだった。

 今手元にあるのは王国の、とりわけ王都に関する軍事機密資料にあたる。

 いつどこを警護しているか、交代のタイミングから巡回経路までの情報が事細かに記されており、そこに割かれている人員も百人単位の規模なのだ。


「ありえぬ」

「でも、それをやっちまうのがあの化け物執事だったんですよ」


 最初は冗談だろうと一蹴するつもりだった。

 だが真剣な表情で語る男たちを見て、カルムはまさかと思いながらも話を掘り下げることにした。


「馬鹿な……」

「そもそもその情報だってあの男が王都……いや王国に残ってたら、渡す前に間違いなく俺らが殺されてましたよ」

「実際うちの幹部も何人もやられてますし、帝国から派遣した諜報員だって、帰ってきてないんじゃないですか?」


 そう言われてカルムは背中に冷たいものが流れたのを感じた。

 確かにそうなのだ。

 各方面へばらけさせていたので厳密な計算が追いつかず気に留める余裕もなかったが、こうして思い返せば王都まで向かったもので帰ってきたものは最近になるまで一人もいなかった。


「今のざるな守備体制はそいつに甘えすぎてたるんだ軍部の怠慢ですよ。それを上に報告するわけにもいかないんでさらにグダグダになってるみたいなんで、俺たちもやりやすくてしょうがないです」

「そもそもカルム卿と繋がるのだって、あれがいたんじゃできなかったですしね」


 口々に出てくる情報にカルムは驚愕する。

 その執事が敵対したはずの勢力である民衆軍レジスタンスにすらこうして賞賛されていることは、一定の評価をする必要があると唸っていた。

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