第49話珍客
「おい。起きろ」
「どうしたんだ?」
夜、アウェンとの相部屋で過ごしていると思わぬ来客があった。
アウェンは爆睡しているが俺はもともと睡眠時間が短いので起きていたんだが……。
「少し話がある」
ギークが取り巻きもなく一人で、俺のもとにやってきていたのだ。
◇
「ケルン戦線の惨状、お前はどこまで把握している」
「え?」
「ったく……一度で理解しろ。このうすのろが」
聞き返したのは理解できなかったからではない。
その声音にわずかだが俺を心配する様子が見受けられたからだ。
とりあえず質問に答えよう。
「どこまで……激戦を好む好戦的な中将が指揮を執る戦場で、しかも劣勢。湯水の如く兵が使い捨てられる地獄、というのが噂で流れる情報だな」
「そうだ。だがそれがすべてではない。いいか? お前はこれから向かう地獄をもう少し知らなければならない」
ギークが俺を見つめる。
その意図が掴みきれないが、悪意があるようには見えないし、仮にあったとしても聞かない理由はない。
流石に行軍が始まった今、味方の足を引っ張り合うことは避けるはずだしな。
「まず指揮を執る中将だが……グガイン中将。百戦錬磨の帝国が誇る将軍の一人。だがその作戦は苛烈だ」
ギークが地面に図示しながら説明する。
「味方の兵力も敵の兵力も10だとしたら、お前ならどうする、リルト」
「互角ならそもそもなるべく勝負をしたくないけどな……」
「そうだ。普通は兵の損害を考えて戦略を立てる。この状況なら優位な状況を作るために動くのが普通だ」
普通は、と言った。そしてグガイン中将というのは……。
「普通ではない。互角なら勝てるという確信を持っている。それが劣勢であっても、戦力差が倍程度なら跳ね返す。それだけの実力の持ち主だ」
「とんでもないな……」
「そうだ。だから帝国軍部はグガイン中将に口出しは難しい。さっきの話だが、グガイン中将は10対10の状況なら、1対0の勝利を目指す」
「それは……」
9の味方の犠牲はいとわないということだ。
そして今、俺はその9に含まれているに違いない。
「グガイン中将のもとに送られるのは行動力のある馬鹿がほとんどだ。帝国からすればいい口減らし。そこに選ばれたお前が何をすべきか、わかるか?」
行動力のある馬鹿は前線に送れという話は、ギークが講義で言った言葉だった。
「行動力のある有能を演じる、か」
「できるなら、な。チェブ中尉はグガイン中将にかなり親しい人物だ。お前を選んで連れて行くのはなにも、使い捨ての駒としてじゃない」
確かに言動はともかく、あの魔法は戦局にも影響をもたらすものだった。
そのチェブ中尉が選んで連れて行くということが、何も悪い意味ばかりに捉える必要もないということか。
「にしても……なんでわざわざ」
驚いたのはギークがこうして俺のもとにこんな話をしにやってきたことだ。
「お前は生きて帰る義務ができたのだろう。私は帝国の貴族としてこの国に貢献するものであり、今は帝国軍人だ。この程度当然だろう」
「そうか」
生きて帰る義務。
メリリアはことあるごとにその話はしていたからな。
「逆に聞くが、お前は別にこのような死地に飛び込む理由などないだろう。なぜ戦う?」
なぜ……か。
考えてもぱっと答えは出てこない。
俺はただ、姫様から逃げてこの場所にたどり着いて、姫様から逃げるためだけにここにいるのだから。
「理由も語れぬ信念で死地で持つとは思えんな。ここでいっそ故郷にでも帰ればどうだ」
ギークがあえて挑発するようにそう告げたことがわかる。
「考えておくさ。でも俺は、帝国軍人としてしっかりやるよ」
「ふん……」
もう言うことはないと言わんばかりにギークが背を向けて歩き出す。
「お前がどれだけ醜く、意地汚く生きながらえようとしたとしても、貴族でもないお前には痛くも痒くもないだろう。地べたを這いずってでもせいぜい生きながらえると良い」
「わかったよ」
最後はやはりらしい言葉を残して、ギークがその場を離れていった。
「夜が明けるな……」
姫様の要望を満たす生活で睡眠など殆ど取らずとも動ける身体になっている。
「死なないための準備運動くらい、しておくか」
メリリアとギークにわざわざ釘を差されておいて死ぬわけにはいかないな。
出発の時間まで、汗を流すことにした。
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