3
卒業式が終わった。体育館を出ると空は晴天で。卒業式に相応しい眩しい太陽が僕たちを包み込んでいる。
「終わったね」
「ああ、終わったナ」
「終わりましたね」
僕たちは顔を見合わせて笑う。この一年、本当に楽しかった。この世界が実在しないことは辛かったけれど、それ以上に僕は二人に出会えて良かった。逃げてばかりいた僕が初めてこの世界のおかげで自分に向き合えた。
僕たちは最後のHRで配られた卒業アルバムの最後のページに寄せ書きを書いた。野球頑張ってねとか、引っ越し先でも頑張ってねとか、そんなんじゃない。ただ、「ありがとう」と。その一言で僕たちには十分だった。
そして、リュウと風上さんは覚悟を決めた顔でコンタクトを取ると僕の名前を呼んだ。
「セイ!」
「青林君!」
「どうしたの?」
僕は何を言われるか分かっている。でも、尋ねた。そうしないといつまで経っても二人が心配するからだ。二人が旅立てないからだ。
「セイ、オレの友達になってくれてアリガトウ!」
「青林君、わたしの友達になってくれてありがとうございます」
二人はせーのと僕にお礼を言った。
「そして、この世界を作ってくれてありがとう!」
それは別れの言葉だった。二人にとっての。最後の。
「ううん。僕の方こそありがとう。とっても楽しかった。勇気をもらえたよ」
「じゃあ、オレたちはセイを幸せに出来たんだナ!」
「そうですよ! だって卒業式を迎えられたのですから」
リュウの「幸せに出来た」という言葉に僕は試練を思い出す。僕は今、満ち足りている。幸せだ。だから、試練は終わった。この世界は消えるのだ。
「そっか……。ここでお別れだね」
でも……。
「ああ! でも、オレたちはセイが書いてくれる物語の中に生きているからナ!」
「青林君が辛い時はいつでも会いに来てください。わたしたちはそれが一番の幸せです」
僕がこの世界をもう一度書き直したら、二人にいつだって会える。言葉の世界で生きている二人が。
「擬人法、みたいだね」
物語の人物が、生きているとか、会いに来てとか、本当に……。いや、生きているんだ二人も、この世界も。だって、僕が生み出したから。僕が生きている限り、二人は生き続けている。
学校のチャイムの音が鳴る。それを合図に二人の後ろに現れた天に伸びる光の扉が開く。
「じゃあ、オレたちは先に卒業するナ! 卒業オメデトウ!」
「お先に失礼します。青林君、卒業おめでとうございます!」
「うん、二人も卒業おめでとう!」
三人で拳をぶつけ合う。そして、二人は笑顔のまま白い光の中に消えていった。
先に卒業して、いつかもう一度出会うことを信じて。破かれたまま現実の世界で置き去りにされているノートの中に帰っていったんだ。
「あれ? 丹波と風上さんはセットじゃないのか?」
振り返ると、清水先生がそこにはいた。今日は化粧が薄めだ。でも、やっぱり口紅は赤い。
「二人は先に帰りました」
「ふーん。そっか」
ちぃがきっと大人になったらこんな素敵な女性になるんだろう。きっと、清水先生にもどこか僕が求められていた「理想の女性像」と「幼い頃の僕」が入っている。だから、元スケバンで今はかっこいい男勝りな先生なんだ。
「先生、今までありがとうございました」
「いや、生徒を卒業式まで守るのが教師の役目よ。それが保健室の先生でも」
本当の世界の僕は保健室を登校していた。戻った世界で、保健室登校でもいいからもう一度、僕は学校に行こう。保健室登校だって、逃げているわけじゃないんだから。
「青林君、会いたい人がいるって顔をしているよ。行ってきな!」
「はい!」
僕は大きく返事をして走りだした。三年ずっと乗り続けた自転車は傷だらけだけど、頼もしい僕の相棒だ。ペダルを踏む足が急いている。
会いたい人がいる。この卒業証書を一番に見せたい人が。僕の人生をずっと護ってくれていた天使が。
あの公園に。
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