2
二人の手を取ると僕は引っ張られた。立ち上がると、部屋の床のはずなのに足場が固くも柔らかくもない。それは最後の試練の道で。気を抜けば僕はこの床に飲み込まれていきそうで。でも、二人が手を握ってくれている。二人が進むまま僕もついて行く。
扉の先をくぐるとそこは学校の体育館だった。緑のゴム臭いシート。敷き詰められたパイプ椅子の保護者席にはみんなの家族が。教師席には担任、司書の先生、保健室の清水先生もいた。吹奏楽の演奏が穏やかなものに変わる。何故か、その音楽は僕の涙腺を刺激する。
「卒業証書授与。代表、一年一組青林星也」
壇上に立っている校長先生が僕の名前を呼ぶ。その姿は試練の判定を下す神様だ。
僕は体育館の入り口という失礼極まりない場所にいるというのに皆、優しいまなざしを向けていて、キュッと体が緊張する。これを受け取ったら僕は卒業をする。この世界から離れる。
「ほら、セイ」
「代表ですよ、青林君」
リュウに背中を叩かれて僕は歩む。リュウの手と風上さんの声で、心の中の不安が一気に消えていく。僕は壇上へと上る。そして校長先生の前で一礼をした。
張り詰めた空気と窓から零れる温かな光。後ろには僕の卒業を心待ちにしていた友達。
「卒業証書授与。あなたは本校における中学校の過程を修了したことをここに証明する。おめでとう」
僕は卒業証書を受け取って一歩下がり、礼をする。その瞬間、喝采の拍手が沸き起こった。僕の卒業を祝うたくさんの、僕から生まれた、世界の住人達。拍手の一つ、一つが僕の存在理由を肯定してくれる。僕は嬉しくも、悲しくも、あって。でも、不思議と晴れやかな気持ちだ。
恥ずかしくなりながら、一つ空いた席へ向かう。一年一組、最初の席。僕の席。いつの間にか二人も自分の席についていた。
卒業式が進んでいく。生徒会長が送辞を送り、元生徒会長が答辞を送る。
在校生の歌が終わると僕たちの番だ。音楽の先生がグランドピアノで「旅立ちの日に」を奏でる。
練習したわけでもないのに歌詞がスラスラと口から零れる。歌詞はどこか懐かしくて。思い返すと、それは僕たちの青春で。そこにはちぃと過ごした、本当は一緒に隣で過ごすなんてなかった僕たちの思い出の一年もあった。
歌声には涙が混ざっている。自然と涙が出るなんて、何年ぶりだろうか。心が洗われるようだ。チラリと視線を逸らすとリュウは男泣きをしていた。風上さんは涙を堪えていた。
ピアノの伴奏と曲の高さが上がる。階段を駆け抜ける、卒業生。それぞれの道へと駆けていく、僕たち。
この出会いは奇跡で出来ていて、いつ壊れるかもわからない。でも、その日々は人生の中で一番に輝いていて。この学校から飛び立つ僕たちの背中に生えているのは、天使の翼だ。まるで、思春期という一瞬の春の出来事だ。
ああ、本当にこの世界がどんどん終わりへと向かっている。
僕の大好きな世界が、今。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます