六章 三月の卒業式と辿り着いたトゥルーエンド

 ピンポンピンポーン。何度も家中に響くインターフォン。

「セイ! オレダ!」

「青林君! 出てきてください!」

 リュウと風上さんの声が部屋にまで聞こえる。

「星也! お友達来ているわよ! うるさいから出なさい!」

 母親の怒鳴り声がキンキンと聞こえてくる。

 何なんだ。みんなして。どうせ、この世界は僕の作った理想と現実の世界。

 理想の世界なら、何で僕たちはバラバラにならないといけないんだ。

 何で、家族がこんなにも現実と同じなんだ。

 何で、丈の短いスカートの女子がいるんだ。

 何で、ちぃがいるんだ。

 僕の理想の世界があるなら、もっと別の場所にあるはずだ。

 僕に世界が作れるというなら、僕はもう一度作り直す。そのために現実の世界の僕が邪魔だと言うなら、この世界の僕が邪魔だと言うなら、僕は死んだっていい。消えたっていい。 現実には僕の存在理由何てない。この世界もリュウも風上さんも「作者」の僕だから優しいだけなんだ。なのにこの世界はちぃのせいで不完全なんだ。

 だったら世界の終わりまで僕はこの世界に閉じ篭る。ここが僕にとってのシェルターなんだ。

 だから、もう、誰も、僕の世界に入ってくるな。

 だから、もう、この心も、痛くなるな。

 うるさい足音が僕の部屋に近づいてくる。リュウだ。

 軽い足音が僕の部屋に近づいてくる。風上さんだ。

 ちぃの足音はない。気配はない。そのことに安心する僕と切なくなる僕がいて、僕の心が二つに分離して喧嘩している。喧嘩している胸が痛い。

 ドア壊れるんじゃないかというほどの音が響く。

「セイ!」

「青林君!」

 なだれ込むように二人が僕の部屋に入ってきた。僕のシェルター。僕の世界の中心部に。ちぃの仕業だ。僕はすぐに察した。

「僕に何か」

 自分でもゾッとする冷たい声と横目で見る。

 二人は僕のようすに一瞬強張った。けれど、風上さんが絞り出すような声で僕をここから連れ出そうとする。

「青林君、わたしたち、一緒に卒業式迎えたいの」

「でも、二人もこの世界だって……」

 偽りだ。だって、僕が作ったから。本当に二人がいたら、僕はいじめられること何てなかった。家族関係が悪くても不登校にならなかった。僕には大事なものがあるんだと、胸を張って現実の世界に、地に足をつけて立てたのに。

 それが全部偽りだなんて。僕が自分で見させた夢だなんて。残酷すぎる。僕には耐え切れないんだ。

「オレたちを否定するのかヨ!」

 弾かれるように顔を上げるとリュウは歯を食いしばっていた。風上さんは今にも泣きそうな顔をしている。

 何で、そんな顔をするんだ。二人は僕が作った世界の「登場人物」でしかないのに。仕組まれたとおりにしか動けないのに。

「せっかく、青林君がわたしたちを、この世界を書いてくれたから出会えたのに」

「でも、二人は……いないんだろう!」

 僕が思わず叫んでしまった。だって、悲しいんだ。こんな自分の殻にこもる僕になっても、まだ手を差し伸べる人たちが、本当の世界にはいないから。

 このままだと自分の言葉に吹き飛ばされてしまいそうで、泣きそうな僕にリュウは静かに告げた。

「セイ。オレ、実は気づいてたんダ。オレは現実の世界の人間じゃないっテ」

 あり得ない発言に顔を上げると風上さんも頷く。

 嘘だ。そんなことがあるわけない。だって、僕でさえもこの世界の登場人物なんだと思っていた。作者だってちぃに言われるまで信じられなかった。

 ちぃに言われて気づいたのは、ちぃが僕の片割れだからだ。ちぃを認識することが僕にとって、この世界の本当の姿を知るカギだった。だから、現実の世界のことも思い出せた。でも、二人は僕が生み出したんだ。僕に「優しい言葉をかける」という設定に従っているだけだ。

 嘘だ! 嘘だ! 嘘だと言って欲しい。二人が本当にいないと、僕の世界の登場人物だと、二人が認めてしまったら、この世界の意味が……。

「最初はセイの望みを叶えるのがオレ達の役割だっタ。でも、オレたちはセイとずっと一緒にいられる嘘のエンディングに連れていこうと騙していタ。オレにとっては一緒に進学するコト」

「わたしにとっては、恋を叶えること」

 言うな! 言うなら、偽りのエンディングに連れて行ってくれ。この世界から出たらどうなるか、僕にも分からないんだ。それなら、偽りのエンディングで死ぬ方がいいんだ。

「でも、わたしも、丹波君も、青林君に死んで欲しくないの!」

「でも、僕が卒業式に出たら二人は……」

 いなくなってしまうじゃないか。僕たちが過ごしたこの幸せな一年が消えてしまうじゃないか。

 二人がいないなら、別の世界で何も知らない僕に戻りたい。邪魔もののいない、世界に。現実の世界じゃない、別の世界に。

 それほど、二人と過ごした記憶が、優しすぎるんだ。手放せないんだ。

「セイはオレたちのことを忘れるのかヨ!」

 リュウの言葉に喉から声が出てこない。だって、そんなことは……。

「オレは忘れないゼ! セイに国語のテスト勉強教えてもらったこと、試合のこと、オレたちのコト。あ、アイスのこともナ!」

「わたしもですよ。青林君のこと絶対に忘れられない。わたしは登場人物だけれど、たくさんの勇気をもらえました。この勇気があればわたしは自分にどんな辛いことがあっても大丈夫。青林君がわたしたちを書いてくれますから」

 二人は僕との思い出を口にすると見合って笑った。そして、こう願った。

「だから、わたしたちとの一年を最後まで書いて欲しいんです!」

「オレたちの卒業式をナ!」

「最後まで、卒業式を……」

 僕は正直、エンディングを書くのが怖かった。それは、現実の世界で書いていた時からだ。

 書き終えたらこの世界がなくなってしまう。読み終えたらこの世界が消えてしまう。僕にとって、心の支えの世界。ここでなら、僕はひと時の間「青林星也」になれて、初めて自由になって、笑うことが出来た。

 僕はこの世界を誰よりも大好きだった。作者だからじゃない。この世界で生きているみんなの姿が僕の心の中では確かに息をして、ご飯を食べて、笑い合っていたから。

 だから、終わらない三年生を何度も願った。僕の理想へとたどり着くために。でも、それは間違いだった。僕の大好きな世界を、みんなを殺しているのと一緒だ。

 この世界は、みんなは、こんなにも僕と一緒に「卒業式」を生きて、終わることを願っているのに。

「僕、完成させるよ。みんなとの一年を」

 だから、僕は誓う。現実の世界で完成していない「卒業式」という小説を完成させることを。

「じゃあ、そのために卒業式に出ないとナ!」

「みんな待っていますよ!」

 僕は首をかしげる。だって、今は二月だ。卒業式までまだ二週間以上ある。

「でも、卒業式は、まだ……」

 今度は二人が首をかしげた。でも、笑って僕に手を差し伸べた。

「何言っているんダ?」

「卒業式は今日ですよ」

 僕の部屋の扉が、僕のシェルターの扉が、ゆっくりと開く。

 その先はまばゆい光と荘厳な吹奏楽の曲が流れている。

 どこかで聞いたことのある歌の天使のプレゼントだった。

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