セイ君は走り去ってしまった。きっと自分の部屋に閉じ篭っている。ちぃはセイ君だから分かるの。

 世界の終わりの音が大きくなる。ちぃはセイ君の影だから分かる。この世界の表面のヒビが大きくなって、空に亀裂が入っていること。海鳴りが響いて、セイ君と一緒に遊んだ海が怪物になってこの町ごと世界を覆いつくしてしまうこと。

 ちぃは、間違っている。セイ君の影なのに、セイ君の苦しみを背負うのが役目なのに。ちぃは、セイ君を辛い世界に戻そうとしている。

「でも、ちぃはセイ君に死んで欲しくないよ……」

 だって、ちぃはセイ君が大好きだもん。ちぃがセイ君の理想といらないところを押しつけられて出来た存在でも、ちぃはいいんだもん。セイ君が笑ってくれるならそれで。現実の世界で希望を持ってくれるなら。だから……。

「神様、ちぃは悪い子になるね」


 学校の保健室に行くとそこには備品の整理をしていた清水先生がいた。ちぃが二回目の世界で体を借りた、セイ君の世界の登場人物。消毒液の臭いが、セイ君が眠っている病院と同じで泣きそうになる。

「ごめんなさい!」

 ちぃは憑依するように保健室の先生の体を借りる。でも、世界は終わりに向かっていて、ちぃの存在もこの世界では偽物の登場人物だから、リュウ君とユミちゃんに説明するほど時間が残っていない。ちぃは机から紙を取り出して、一通の手紙を書いた。

 『リュウ君とユミちゃんへ

 いつもセイ君と仲良くしてくれてありがとう。信じられないかもしれないけれど、この世界はセイ君が作った世界なの。二人ともセイ君が作った物語の人物なの。

 でも、二人はこの世界で意思を持って生きている。

 だから、お願い。セイ君を助けて。セイ君と一緒に卒業式を迎えて。

 私の力じゃあもう、ダメなの。セイ君にとって大事な存在の二人なら出来るから。

 セイ君をお願いね。

 セイ君の守護天使より』



「丹波君! 風上さん!」

 ちぃは急いで校内を走って下駄箱で話をしながら帰ろうとしていた二人を呼び止める。二人は下駄箱から靴を取り出していた。

「せんせーどうした?」

「清水先生……?」

 二人がビックリした顔でちぃを見る。ううん。今は清水先生だから、肩で息をして、髪がぼさぼさになった清水先生を見ている。

「これ、ちぃ……ううん。二人にって女の子がアタシに渡してきたの」

 清水先生の真似をしてちぃは二人に手紙を渡す。一度清水先生を演じていたから再現は出来たはず。

 リュウ君がユミちゃんに見せながら手紙を読む。普通ならおかしいって疑う。でも、二人は疑わない。そう、ちぃは信じている。ちぃだって、この世界に生きていたんだもん。

「ユミ! セイの家に行くぜ!」

「はい!」

 ほら、だって二人はちぃと同じ。セイ君から生まれたんだもん。悪い人じゃない。とっても、とっても優しい人だもん。

「センセー! アリガト!」

「ありがとうございます!」

 二人は靴のかかとを踏みながら走っていく。その姿に安心すると、入れ替わるように、ちぃは清水先生の体から追い出された。

「あれ……アタシなんで……?」

 不思議そうに首をかしげる清水先生。さっきまで保健室にいたもんね。

 ありがとう、この世界でも体を貸してくれて。ごめんね、二回目の世界でセイ君を救えなくて。

 後は大丈夫。ちぃがいなくても、きっと。ううん、絶対セイ君は卒業式に来る。

「ちぃの試練ももうすぐで、終わりだね」

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