「セイ君は、一ヵ月も目を覚ましていないの」

 ちぃはセイ君に本当のことを全て話した。「今元千晶」という今は「青林星也」になってしまった男子中学生のこと。この世界のことを。ちぃのことを。

「僕は、何で自殺未遂をしたんだ……」

 セイ君はまだ思い出さない。この世界から出たくないっていう気持ちがまだ強いから。

「セイ君はね、中学二年生の卒業式の日からいじめられているの」

 セイ君はすぐにいじめた人を思い出した。セイ君にとって恐怖の形を。セイ君の「封印」している記憶のカギを。

「丈の短いスカートの女子生徒……」

「そう。セイ君の三年生のクラスメイトにもなっちゃった、女子生徒たちに。セイ君がノートに書いていた小説を見られたのがきっかけで」

 セイ君はだんだん心の世界に、「卒業式」の世界に、入ってしまうことが多くなった。だから、学校でも休み時間にノートに書くようになっていた。辛い現実から逃げるために。

 でも、それがもっと辛いことに繋がった。セイ君の大事な、大事な、「卒業式」は笑われて、いじめの対象にされて、最後にはビリビリに破られた。心の中のセイ君はまだ幼い姿をしていて、「僕の世界を破らないで」って泣いていた。心の中でしか触れられないセイ君をちぃはただ抱きしめて、痛みを代わりに背負うことしか出来なかった。

 そして、セイ君は夏休みをきっかけに不登校になった。ベッドから身体が動かせられなくなって、学校に行こうとすると過呼吸をするになった。

 病院に連れて行かされたセイ君がたどり着いたのは、心療内科。セイ君は心の病気になっていた。

 セイ君はお薬を飲みながら、保健室登校をしていたけれど、いじめは止まらない。

 セイ君への風当たりも家ではきつくなって、セイ君は十月から眠れないからと自分に言いわけをして、こっそり睡眠薬を飲まずに貯め始めた。

 そして、受験が迫ったある日。両親に不登校なのに進学したいのかと叱られて、膨らんでいた風船が弾けるみたいにセイ君はたくさん、お薬を飲んで自殺しようとした。

 倒れたセイ君は病院に運ばれたけれど、セイ君に「生きたい」と思う力がないから目をずっと覚ましていない。セイ君の魂は「卒業式」の世界に惹かれるように入り込んでしまった。

 「卒業式」の世界の住人はセイ君の味方。だからセイ君をこの世界が楽しくて出ていかないようにしている。セイ君が死ぬその時まで。だからリュウくんもユミちゃんもちぃには敵。

 ちぃはセイ君に生きて欲しかった。現実は辛くても、いつか幸せになれるってちぃは信じているから。

 影の存在だから本当はセイ君に逆らうのはいけないけれど、ちぃは「卒業式」の世界に入ってセイ君を助けようとした。

 「卒業式」の世界は完結していないから脆くて、ちぃは「誰か」にならないといけなかった。だからちぃはクラスメイトになった。でも、セイ君は当たり前だけどちぃのことを知らない。現実での記憶もちぃとの心の世界での出来事も覚えていないから。

 だから、一回目の「卒業式」はセイ君がこの世界から出たくないと願った通りに、セイ君は卒業式に出なかった。後から卒業証書を取りに行くセイ君とちぃは公園で初めて、普通の人みたいにお互いの姿を見て話をすることが出来た。だから、ちぃは一回目の世界で消える前に「セイ君は死んじゃダメだよ」って言った。セイ君は今の世界のこととして覚えているけれど。

 二回目の「卒業式」は保健室の先生になった。セイ君の悩みを聞いたり、保健室登校になったりしても、卒業式まで導こうとした。でも、セイ君は現実の世界みたいにいじめられて、不登校になった。ちぃが元気づけようとしたけれど、逆効果で。セイ君はその世界で追い込まれて自殺した。

 ちぃは悲しくて、悲しくて、壊れてしまいそうだった。本当の世界じゃなくてもセイ君が死んじゃったから。ちぃにとってセイ君は一緒に生きてきた大切な人だから。でも、ちぃはセイ君を現実の世界に導くために頑張った。

「ちぃね、セイ君に気づいてもらうために偽物の登場人物になったの。セイ君が書いたお話には出てこない登場人物に。ちぃが幼馴染だとか、事故に遭ったとか、天使だとか。全部嘘なの」

 セイ君に分かってもらうためにちぃはわざと演じてきた。だからセイ君に気づいてもらえた。やっと、やっと。嬉しかった。初めてちぃの本当の姿で、セイ君とこうして向き合ってみることができて。セイ君がもっと近くに感じた。ちぃは今度こそセイ君を護れると、現実へ導けると思っていた。

「じゃあ、この世界は……嘘なのか」

 セイ君は信じられない顔をしている。そうだよね、現実じゃないもんね。でも、この世界は本当に存在している。セイ君の心の中に。

「嘘じゃないけど、セイ君が作った世界には変わりないの」

 三回目の「卒業式」の世界は崩壊寸前。もう世界が繰り返すのに耐え切れなくなっていた。だからリュウ君もユミちゃんも一月からおかしくなっている。

 二人は、それぞれ自分とセイ君の幸せな「エンディング」を迎えようとしている。きっと今の二人はセイ君の小説の登場人物から、意思を持った魂に近づいている。だから自分の願いのためにセイ君の心を揺らすことを言った。

 だから嘘じゃない。みんな形はないだけで人間の魂は持っている。でも、セイ君には伝わらなかった。

「このまま卒業式に出たら僕は、現実に帰らないといけないのか」

「うん。帰れるんだよ」

 セイ君はこれで理解してくれたと、「帰る」って言ってくれると信じていた。二人に自分の気持ちを伝えられたセイ君だから。でも、セイ君は否定した。

「嫌だ。やっと、生きたいと思った世界が存在しないって。そんなの考えられない!」

「セイ君?」

 セイ君の傷は大きすぎた。セイ君にとっての裏切りは深すぎた。セイ君がもう抱えきれないほど。

 セイ君はぼうっとした目で遠くを見ている。ちぃはその目に入っていない。

「思い出した……元の世界……。両親も変わらない、友達もいない。そんな世界に僕は、存在理由なんてないんだ。それならここで、終わってしまいたい」

 セイ君は願ってしまった。三回目の「卒業式」の終わり。それは、作者で主人公のセイ君の願いを叶える世界が自らここで終わること。ちぃにとってのゲームオーバー。

 ちぃはまた、セイ君を助けられなかった……。このままだとセイ君は本当に死んでしまう。そんなのちぃは嫌!

「セイ君! お願いだから! ちぃ、何だってするから!」

「嫌だ! 僕の邪魔をするな!」

 セイ君が頭を抱えて叫ぶ。全てを拒むようにセイ君は一人の世界に篭ってしまう。セイ君にとっての安らかな居場所を求めて。

 ちぃには大きな地震の音と海鳴りの音が聞こえていた。

 二回も聞いている、この音。世界の終わりの音が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る