五章 繰り返す一年と偽りの登場人物

 ちぃはセイ君の幼馴染じゃない。ちぃはセイ君の影の存在。

 ううん、本当は「青林星也」という人物は存在しない。「丹波龍」も「風上弓子」も。みんな、みんな。この世界も存在しない。でも、ちょっと違うのかもしれない。

 だってこの世界は、セイ君の作った世界だから。

 セイ君の本当の名前は「今元千晶」。女の子みたいな名前だけどれっきとした十五歳の男子中学生。

 セイ君の家族はお父さんと、お母さんと、八歳離れた妹。

 でも、お母さんにとってセイ君は理想の子供じゃなかった。

 お母さんは女の子が欲しかった。生まれてくる子に「千尋」という名前を用意していた。でも、子供は男の子だった。お母さんは男の子何て欲しくない。女の子が欲しかった。でも、セイ君をいなかったことには出来ないから、生まれてきた男の子に「千晶」という名前をつけて、女の子のように育てようとした。

 お母さんの理想の女の子。それは、お淑やかで、聞き分けが良くて、頭の良くて、可愛い女の子。でも、セイ君は活発で、公園で遊ぶのが好きでいつも帰りたくないと駄々をこねて、社会が苦手で歴史の人物を覚えるのもクラスで最後。身長もあまり高くない、普通の容姿だった。

 お母さんの理想と真逆のセイ君。セイ君はお母さんの望みを知っていた。それでも、男の子でも、お母さんの理想になろうと頑張った。でも、小さなセイ君には限度があった。

 セイ君の両親はいつも、セイ君が気に入らないとお互い責任の押し付け合いをしていた。セイ君はそんな時いつも泣きながら、部屋の隅で一度だけ欲しいと言って買ってもらった本を読んでいた。小さなセイ君には難しいけれど、何度も何度も読んだ。セイ君はそのことを覚えていないけれど。

 セイ君が八歳の時、妹が生まれた。セイ君が両親から、母親から、「用済み」になってしまった。

 今まで「理想の女の子」になろうとしていたセイ君の努力として、出来上がりかけていた「女の子として生まれていた自分」は迷子になった。だからセイ君は無意識に「女の子として生まれていた自分」を切り離して心にしまい込んでしまった。

 お母さんとセイ君の「理想の女の子」とセイ君の「八歳までの性格」を一緒に。

 それは心の中で八歳の女の子の姿になった。そして、セイ君の心の世界で、姿だけ一緒に成長して、八歳の時に切り離したままの、心の中にいる女の子「今元千尋」に。

 セイ君は人が変わったように物静かになった。小さい頃の記憶も曖昧で、最初は周りが心配していたけれど、落ち着いたのだとやがて、誰も気にしなくなった。

 ひっそりと隠れるように学校でも家でも暮らしていたセイ君。

 教室の隅で本を読んでいたセイ君。

 でも、セイ君にとって現実の世界は誰も味方がいない寂しい世界。

 家では妹ばかり可愛がられて、セイ君には女の子に生まれなかった代償を支払うように厳しく育てられた。門限は五時。テストは常に八十点以上。部活は禁止。セイ君にお友達何て必要ない。セイ君はお友達と仲良く出来ない性格なんだから。そういつも決めつけられていた。

 学校では女の子みたいな名前だといじめられたり、セイ君の両親が許してくれなくてみんなと同じことが出来なかったりした。お前の家おかしいとか、つまらない奴とか、言われて。セイ君と仲良くする人何ていなかった。

 だから、いつの間にかセイ君には心の世界が出来ていた。寂しい心を埋めるために。

 それは大きくなって一つの物語へと変わっていった。「卒業式」という物語に。

 中学三年生の「青林星也」という男子中学生が、中学生活最後の一年を過ごすお話。学校のテストで「丹波龍」という野球部でクウォーターの友達が出来たり、同じクラスで図書委員「風上弓子」という女の子と仲良くなったりして、いつしか三人は友達になる。そして、二人の進路は決まって、主人公が進路を決める時が来た。

 ここで物語は止まっている。卒業式までが物語の全てなのに。

 でも、今のセイ君には続きを書くことは出来ない。

 だって現実世界のセイ君は自殺未遂をして病院で眠っているから。

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