四章 一月のいちご大福と背伸びした恋
1
一月四日。三が日も過ぎて参拝客も減った県内でも一番大きな神社。僕はその神社の入り口でもらった甘酒を飲みながら人を待つ。
「ちぃにもちょうだい」
ちぃは僕の持っている甘酒に手を伸ばす。僕は慌てて遠ざけた。
「ばっ……! 口付けてるんだから止めろって!」
「えっ! もしかしてセイ君、間接キ……」
僕はその先を言わせないとばかしにちぃの口を塞ぐ。甘酒が紙コップの中で揺れて、ポチャリと少し地面に零れる。
「誰が気にするか!」
「でふぉ、ふぇいくん、ふぁーふすときふすまた……」
でも、セイ君、ファーストキスまだ、と言っているちぃを遮るように僕は叫んだ。
「お前、本当は守護天使じゃなくてストーカーだろ!」
「セイ、誰がストーカーなんダ……」
若干引いている声に振り返ると、赤のダウンジャケットを着たリュウと、くすりと笑っている着物姿の風上さんがいた。
「いや! なんでもないよ!」
慌てて僕は誤魔化す。恥ずかしいところを見られてしまった。ちぃの声が二人には聞こえていないから良かったけれど、僕の恋愛は人より乏しい気がするからそういった話題も苦手だ。リュウも風上さんも知ったとしても、いじってくるタイプじゃないけれど。
「それならいいけどサ。セイってたまに、一人芝居している時あるんだよナ」
「青林君って面白いですね」
僕は熱い顔を伏せながら横目でちぃを睨む。ちぃは素知らぬふりをして僕の後ろを飛んでいた。
「二人は一緒に来たんだね」
「はい。丹波君が走っているところを車から見えたので、合流して来ました」
「リュウ、いつものランニング?」
「ああ! 降りた駅から走ってきたんだゼ!」
さすがリュウだ。部活を引退しても日々のトレーニングは欠かさない。学校まで毎日三十分かけて走って来ているというのだからリュウは本当に努力家だ。
「風上さんの着物似合っているよ」
白い生地に赤い椿という柄の着物に、深紅の帯。鶯色の和風コートも、地味に感じさせない。むしろ、この神社に相応しい格好をしてきている。
「そ、そうでしょうか……。お正月と合格祈願は必ず着物で参拝するので……」
「着物美人だナ! ユミ!」
僕たちに褒められた風上さんは顔を赤くして「ありがとうございます」と和風コートに首を埋めた。
「じゃあ、行こうゼ!」
「そうだね、僕たちの合格祈願をしないと」
「みなさん、五円玉ご用意してますか?」
「あっ! やっべぇ、オレ小銭持ってねぇワ!」
「僕が両替するよ」
「アリガトウ!」
ワイワイ話しながら僕たちは参拝へ向かう。鳥居の前で一礼し、手水舎で手と口を清める。風上さんが神社についてのルールに詳しく、僕たちに参拝の仕方を教えてくれた。
柄杓に直接口をつけようとしたリュウを慌てて止めた時、ちぃが僕の甘酒を取ろうとしたのにダブった。
拝殿に向かって一礼。お賽銭を投げ、鈴を鳴らす。お賽銭はもちろん五円玉だ。二礼二拍手一礼をして、僕たちは自分の名前と住所を言う。こうすることで、神様がどこの誰がお参りに来たのか知って、見守りに来てくれるらしい。
初詣と合格祈願をした後はおみくじを買ったり、絵馬を書いたり、三人でお守りを買った。おみくじで風上さんが左利きということを知ったり、絵馬でやっぱりリュウの字は迫力があったりすると再認識した。
「これで合格するといいね」
「絶対できるゼ!」
「そうですよ。冬休みも受験勉強、頑張ったんですから」
あの日を境に僕たちは三人で勉強会をしたり、出かけたりした。リュウの見た目と人懐っこさに風上さんは、最初は慣れていなかったけれど、今ではあがり症も出ることもなく、落ち着いて話すようになった。けれど、冬休みに入って受験が近づいていくと三人で会うことは日が経つにつれて難しくなった。
リュウと風上さんは今月の半ばに推薦入試がある。リュウは勉強に打ち込むようになって、風上さんも家で叩き込まれている礼儀作法に関する習いごとと、家庭教師の時間が増えた。
僕は……まだ、受験先を悩んでいる。僕の受験は二月の終わり。発表日は卒業式が終わった後。二人はどんどん僕を追い越して、未来に走っている。僕は、一人だけ立ち尽くしている。
本当にこれでいいんだろうか。
僕の両親は地元である海嘉瀬高校へ進学しろと言っている。担任は僕の成績だと西松葉高校も受かるのではと言っている。
僕は……二人みたいに進学を決める理由がない。何にも逆らわず、クラゲみたいに社会という海に揺られて、いつの間にか年老いて、ある日死んでいた。そんな人生ばかり考えていた。でも、今は少しだけ迷いが出ている。僕という一つの船が人生の航路を歩んでもいいのではないかと。でも、一人じゃ怖い。
「神社って煙をかけるのないんだね」
ちぃが常香炉を探している。それはお寺だと、僕は心の中でツッコミを入れる。
今は守護天使になっているちぃも、僕の願いが叶ったら僕から離れていく未来もあっておかしくない。
僕は、このまま一年が終わって欲しくないと密かに願い始めていた。
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