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 お盆休みが始まった。

 テレビは帰宅ラッシュの報道で忙しい。僕が一年のうちに二番目に嫌いな時期がやってきた。一番嫌いなのは三月だ。

 化粧品の会社勤めの父と医療事務員の母が一週間休みで家に一日中いるからだ。おまけに一回は親戚の集まりに隣町の祖父母の家に行かないといけないのも憂鬱だ。今日がちょうどその日だ。

「ただでさえ厳しい両親と金の亡者の親戚か……」

「セイ君の家は変わっているからねー」

「そう言ってくれるのは千尋だけだよ」

 僕の家は中年の両親に八歳離れた妹が一人という普通の家族だ。一見は。けれど両親は僕と妹を明らかさまに差別している。特に個性のない僕をよく両親は「失敗作」とことあるごとに零す。だから、妹は僕の失敗した育て方とやらを踏まえて小学校のうちから塾に行かせ、妹のしたいことは率先してさせる。僕の時に世間体を気にして「失敗作」を隠すように家にいさせたのを反省しているのだろう。そのおかげで僕は無個性で夢もない人間に育ったのだから。でも、あの時の僕に許されたのは大人しく本を読むことだった。だから、本はずっと読み続けている。

「ちぃはセイ君マスターなので当然なのです!」

 また胸を張るちぃの第三ボタンが悲鳴を上げている。

 そういえばちぃの家も風変わりな家だった。

 ちぃは両親の離婚が原因で、母親と一緒にこの町に引っ越して来た。

 この母親が変わっていて、ちぃの活発な性格とちぃの母親の教育方針はまるで合っていなかった。ちぃの母親はちぃに年相応の元気さではなく、女の子らしさを求めていた。ちぃがズボンを履きたいと言っただけで頬を叩かれたところを僕は何度も見たことがある。ちぃはいつも母親好みのワンピースを着せられて、母親のいるところでは髪を綺麗に結んでいた。けれど、元気がありあまるちぃがそんな理想に耐えられるわけもなく、お互い少しでも家に帰る時間を遅くするために学校帰りに公園で毎日遊んで帰っていた。その時のちぃは僕に髪をポニーテールに結ぶよう頼んできた。本当は切りたいと言っていたが、ちぃの母親が許すわけがない。

 毎日夕方五時になると一分間だけ夕焼小焼のメロディーがこの町には流れる。それが僕らの帰らないといけない合図だった。本当はちぃと遊び足りなかったけれど、僕の両親は古い考えだから、片親のちぃをあまりいいように思っていなかった。僕のせいでちぃが傷つくのは嫌だから僕はこの時間だけは守っていた。

「……ちぃ、アイス買うついでに出かけよう」

 息苦しい家を出る理由を僕は作る。ちぃにまだアイスを買っていないのをいいことに。

「アイス! 約束のダッツ買ってくれる?」

「買う買う」

「やった! でもセイ君、今日は用事が……」

「そんなの一回ぐらい逃げればいいだろう」

 僕はリュックサックに財布とタオルを入れて、自転車の鍵と家のカギを握りしめた。

 両親はそれぞれ用事をしている。絶好のチャンスだった。

 足音を立てないように階段を下りて、靴を履き、玄関を開ける。

 ガチャリ。

 重たい扉の仕様なのかやけに大きく響く。僕の手に汗がジワリと滲んで、一気に体の温度が下がる。

「誰か出かけるの?」

 母親がリビングから僕に話しかけてきた。

「ちょっと本返しに行ってくる」

「そう。おばあちゃんの家に行くのを忘れないでよ。五時までには帰りなさい」

「うん」

 嘘をつくのは心が痛かったが、この家の息苦しさに比べればマシだった。僕は急いでガレージに置いている自転車に乗ってとにかく自転車をこいだ。とにかく遠くへ、遠くへと。

 学校や赤い看板のスーパーが立ち並ぶ町中。分譲住宅募集の空き地に、何故か十分圏内に立ち並ぶ家電量販店とコンビニ。そのどれもが夏の青空の下に立ち尽くしている。僕は出来るだけ人に会わないように細い道を選び、大きな平たい道へと出た。

「セイ君、どこに行くの?」

「決めていない」

 これがいいのだ。あてもなく、旅をする。何もない土地で、僕しか知らない宝物を見つけに行くみたいで。ずっとその宝物は見つからなくて、いつか大人になったら宝物がなんだったのかも忘れてしまうけれど。

「えー! どっか決めようよー! そうだ! 海!」

「はいはい」

 適当に返事をすると、ちぃが周りを飛びながら「本当に?」と何度も聞いてくるのでその度に適当な返事をした。

 海嘉瀬市には小さな海岸がある。僕が住んでいる町より二つ南に進んだところ。残念ながら海遊は禁止されているが静かで、落ち着く海だ。

 海までの道は低い山と田んぼに囲まれていて、新鮮な空気が肺を満たす。

「田んぼと空が青いな」

 見渡す限りの地上に存在する海だ。風に揺れている葉が波のようだ。僕が感嘆の声を上げると、ちぃは不思議そうに聞いてきた。

「ねえ、セイ君。田んぼは緑なのに何で青いって言うの?」

「そんなこと僕に聞かれても……。緑って黒髪にも使われる言葉だしな」

 昔の人は緑髪と言っていたそうだ。黒くて艶やかな髪に生き生きとした葉を感じたのだろうか。この田んぼのように。

「変だよねー。緑なのに、青とか黒とか」

「でも、僕はそういう日本語の表現が好きだよ。擬人法が特にさ」

 理解していないちぃに僕は様々な景色を例えた。今、視界いっぱいに映る美しい世界を。

「青い髪の田んぼに、空を駆ける雲とか、風の笑い声……とかさ」

「うーん。ちぃにはその良さが分からないけれどセイ君は魔法使いなんだね」

「魔法使い?」

 ちぃは大きく頷いた。そして、僕に二つ名をつけたのだ。

「そう! 擬人法使いセイ君!」

 擬人法使いセイ君。どんなセンスをしているんだ。僕には到底適わない、個性的なセンスだ。でも、それがちぃだ。いつも独特なチョイスをしては僕を驚かす。

「ちぃの表現には負けるな……」

「ちぃはセイ君の魔法好きだよ! とっても綺麗!」

「インパクトはちぃの方があるよ」

 ちぃはそれでも「セイ君の魔法は素敵なのに」と緑髪を風に踊らせていた。


「海ー! セイ君、海だよ!」

 ちぃがバシャバシャと海面を走る。少し浮いているのでまるで海面を踊る海の妖精だ。

「僕は近くの錆びた自動販売機でスポーツドリンクとちぃの好きなファンタを買ってきた。

「千尋!」

 僕が振り返ったちぃにファンタを投げる。くるりと一回転して、ファンタはちぃの手に収まった。しまった、炭酸だった。そう気づいた時には遅かった。

「ふっふっふ。さすが、ちぃマスターセイ君。ちぃの好きなオレンジ味を……ぶぉ!」

 溢れた炭酸で手からボタボタと海にオレンジ味の炭酸水が落ちていく。小さな魚が何事かと集まってくる。

「天使でも運が悪い時ってあるんだな」 

 つい、おかしくて笑っていると勢いよく海水がかけられた。眼鏡のレンズに水滴がついて、雨の中の車みたいだ。

「おい!」

「これは天罰なのです!」

 ちぃはそう切り出すと、とにかく海水をかけてきた。バシャリ、バシャリと。おかげで僕の服はびしょ濡れだ。

「仕返しだ!」

 スポーツドリンクを放り投げて僕はちぃに水をかける。ちぃのブラウスは半透明になって、紺のスカートは水を含む。水がキラキラと輝く。

「セイ君のせいで髪びしょびしょだよ」

 ちぃがシュシュを取って、髪を解く。潮風に長い髪が揺れる。頬を伝って顎から落ちる水。半透明のブラウスから透ける薄ピンクの肩紐。

「えい!」

 僕に海水をかける姿がスローモーションで流れる。僕は見惚れてしまった。いや、別にこれは正常な反応だ。相手は美少女なんだから。ちぃはただの幼馴染だ。僕は口内に溜まる唾を一気に呑み込んで、ちぃに水をかける。次第に楽しくなってきて、さっきの熱に浮かされた感情は海と一緒に流れていった。だんだん潮が満ちてきて、僕たちも気づかないうちに奥の方へと入っていくと膝まで海水が浸かっていた。

 お互いムキになっていると、浜辺に怒鳴り声が響いた。

「おい! この海は遊泳禁止だろうが!」

 釣りに来ていた近所の中年男性がこっちへ向かってくる。日焼けした黒い肌と、眉間に刻まれた皺がいかにもルールに厳しそうな性格を醸し出している。

「セイ君、ここは逃げよう!」

「ああ!」

 僕とちぃは急いで自転車に戻ると、一気にこぐ。スポーツドリンクは浜辺に忘れ去られてしまっている。

「セイ君! ポイ捨てはいけないよ!」

 ちぃがスポーツドリンクを取ってきてくれた。良かった。これで買う必要がなくなった。まだ飲めそうだったらの話だけど。

「ちょっと! 待ちなさい!」

 男性が後ろから呼んでいるが僕たちは止まらない。元々僕たちは今日一日家族から、嫌なことから、逃げるためにここまで来たのだ。この逃避行はまだ続いている。だから、今日は僕たちに許される範囲の自由を楽しむ日なのだ。

「勝負はまた今度ね!」

「望むところだ」

 勝負をするなら今度はいつになるだろう。

 小学生の時は帰り道に神社に立ち寄ってどんぐり拾いで勝負していた。笹を見つけたら船を作って川に流してもいいかもしれない。近くにある駄菓子屋でスルメイカを買って、割りばしと糸でザリガニ釣りでもしようか。

 風鈴の音が焼杉の壁の家から聞こえてくる。ゴーヤが御簾代わりになっている家にたくさん実っている。

 まるで小学生に戻ったみたいだ。まだ、僕の未来が夏の空みたいに青くてどこまでも広がっていると信じていた日みたいに。あの海のように人生という地平線が続いていると信じていた日みたいに。

 これがもしかすると子供の時にしかない宝物なのかもしれない。

 僕とちぃは、永遠なんてない青い海と青い田んぼの中を泳いでいた。


 帰り道、ちぃとの約束を果たすためにスーパーに寄った。冷気が漂うアイスコーナーでちぃは上機嫌でダッツのコーナーをうろついている。

「いちごは絶対だけど、期間限定もいいなー」

「早く決めろよー」

 僕は夏には絶対食べるアイスがある。ロングセラー商品のガリガリ君だ。ソーダ味が一番好きで家族パックより大きい単品を買うのがこだわりだ。かき氷みたいな中身とそれを覆う濃いソーダ味のアイスキャンデーの組み合わせは最高だ。

 この時期には珍しくアイスコーナーには雪見だいふくがあった。雪見だいふくは冬のみ入荷するというテレビの情報はガセネタだったのだろうか。その雪見だいふくを取る大きな手があった。

「リュウ!」

 僕が思わず声をかけるとリュウは一段と日焼けした肌によく映える白い歯を見せて笑った。

「セイ!」

「久しぶり。リュウもアイス買ってきたんだね」

「ああ。オフクロの買い物のツイデ」

 リュウが持っている買い物かごには大量の家族パックのアイスが入っている。丹波家は男兄弟だからアイスの消費も早いのだろう。リュウはアイスを条件に荷物持ちとして買って出たのだろう。想像が安易につく。

「僕、夏のアイスってさ、何かこだわるんだよね」

「分かるゼ。オレも夏は雪見だいふくって決めてんダ」

「えっ、雪見だいふくって冬だろ……普通」

 僕とリュウのそれぞれ持っているアイスがお互いのこだわりを主張していた。カーンと聞こえるはずのない戦いのコングが鳴った。

「セイ、確かに雪見だいふくは冬もウマイ! でも、夏にこそ甘いこのアイスが合うんだヨ!」

「いやいや、リュウ。日本の夏はガリガリ君に限る。これだけは言える」

「オレも三年日本にいるから確かにセイの言うことも分かル。でも、夏にこのモチモチがセイも恋しくなるだロ?」

「雪見だいふくには、夏場におでん食べたい衝動に近いものは感じるけれど……。いや! でも僕はガリガリ君が!」

「オレも雪見だいふくガ!」

「子供だねー」

 田舎のスーパーのアイスコーナー。白熱している僕たちに同じことを言う二人の声が聞こえた。

「あのな!」

 僕とリュウが見事にハモると、リュウの弟の一人とちぃが冷めた目を向けていた。自分たちより幼い人たちからの視線に思わず僕たちは閉口した。そして、目で「お互いのアイスも確かに美味しいな」と和解をする。

「二人とも仲良しネ!」

 一部始終を見ていたであろうリュウの母親が一つのアイスを取り出した。

「デモ、ママはみぞれ練乳がけ金時が好きヨ!」

 そのアイスはガリガリ君のかき氷要素と、雪見だいふくの甘さを兼ね備えた、この争いに有無を言わせない勝利を勝ち取った。

 その後ろでは双子の片割れが同じアイスの抹茶味を取り出している。抹茶味は小倉と真ん中にミルク味のアイスが入っていて美味しい。なかなかに渋い嗜好だ。

「ソウソウ! セイ、今日ウチでバーベキューするから一緒にドウ?」

「ちょうど、じいちゃんが日本旅行終えて家に来ているんダ。セイと話がしたいって言っているしサ!」

 これは思ってもみない誘いだった。このまま帰ってもつまらない、逆にストレスがたまる親戚との食事が待っているだけだ。それなら丹波一家の騒がしさに混ざりたい。今は家の束縛から逃げるために出ているのだから。

「はい、喜んで」

「ヤッタ! ジャア、ママお肉モット買ってくるネ!」

 上機嫌でリュウの母親は精肉コーナーへと消え去った。

「お兄ちゃん、先にアイス食べたいヨー」

「わかったから、待てっテ。じゃあ、セイ後でオレの家に集合ナ!」

「うん」

 僕はそう弟に引っ張られているリュウといったん別れた。黙っていたちぃが心配そうに僕に確認する。

「ねえ、本当に大丈夫? セイ君のお母さん怒るよ」

「……でも、今までこんなの許されなかったから。せっかく、友達が出来たんだ。僕だって普通を楽しみたいんだ。母さんの求める『普通』じゃない、僕の友情をさ」

 ちぃは「普通」の意味を知っているのでなにも言わなかった。今まで友達がいないから、いないように生きていたから。それが僕の世界に求められた「普通」だったから。

 最後の中学校生活はせめて、普通の中学生になりたいんだ。


 公衆電話から家にかけて、電話に出た妹に両親に友達の家に呼ばれたと伝えてもらった。一応変わってもらうよう頼んだが、両親が出ないと妹に言われて、心に影が差し込んだ。

 そんな僕の顔を見ているちぃはリュウの家への道、何度も「帰ろうよ」と言うが僕は無視を貫いた。家にこのまま帰っても同じだ。帰りたくない気持ちを膨らませて僕は自転車をこぐ。

 リュウの家に行くと既に庭でバーベキューが行われていた。庭には折り畳み式の机と椅子が人数分置かれている。それは僕の分もあって、当たり前のことなのに涙が出そうだった。

「セイ! 待っていたゼ!」

 リュウが一番に出迎えると、僕はリュウの家族の前に立たされた。

「オヤジ、じいちゃん! オレの最高のトモダチ、セイ! 試合もセイのおかげで勝てたんダ!」

「セイ君、いつも龍から話は聞いているよ。仲良くしてくれてありがとう」

 そう笑顔で迎えてくれたリュウの父親も雰囲気がどこかエキゾチックだ。海外に慣れているのがすぐ分かる。きっと仕事は今でも海外に関わることなんだろう。

 リュウの祖父はリュウによく似ていた。母親似だと思っていたリュウは一番祖父に似ていた。挨拶の印に握手をすると、リュウに何か言った。聞きなれない言葉からしてスペイン語だろう。

「じいちゃんが、セイのことを褒めているゼ」

「え、そんな僕は普通の日本人だよ」

 どうしてそんな高評価になるんだ!? 僕が驚いていると、リュウは祖父にあの試合のことを話していたようだ。

「そんなことないだロ!天からの応援の話したら、女神マリの導きだってじいちゃん言っていたんだゼ」

「女神マリ?」

 僕が聞き返すと、リュウは簡単に教えてくれた。女神マリは、スペインの「バスク神話」に出てくる最高神で、さまざまな人々を導いた伝説があるという。女神マリではないけれど、守護天使なら今もついてきている。あの声はちぃを知らないリュウからしたら摩訶不思議な出来事だ。でも、守護天使のことを詳しく言えない僕はありがとうと言うしかなかった。

「セイ! お肉焼けたヨ!」

 目にも止まらぬ速さでリュウの母親が僕にお皿と箸を持たせる。そして次々と串に刺した肉が置かれていく。呆気に取られていると早速一本食べ終わったリュウが僕の背中を叩く。

「セイ! うちのバーベキューは戦いだからな! 早くしないとなくなるゾ!」

 リュウの母親を除くと全員男性。しかも食べ盛りが三人だ。僕は壮絶な戦いに参加しながらバーベキューを食べていく。スパイスがよく効いて美味しい。野菜も火がよく通ってホクホクだ。何て、味わっているともう網の上には何もない。さすがだ。

「これは僕も負けていられないな……」

「セイ君ばかりずるいよー!ちぃも食べたい!」

 いいなっとちぃが僕のお皿から一本取ろうとする。その手を僕はピシャリと叩いた。

「酷いよ!」

 でも、ちぃはリュウの家に行く前にアイスを二つ食べている。

 天使は食事をしないと思っていたけれど、ちぃが言うには違うそうだ。誰かからお礼や供物として与えられたものには触れることが出来、食べる権利が与えられる。だから僕が買ってあげたり、分けてあげたりしたものは食べる権利が与えられる。そう、ちぃは言っていた。でも、ここで見えない相手にお肉を分けるのは危ない人なので止めておく。その代わり僕は自宅でもここまで出されないほどの量の料理に舌鼓を打った。

 二時間ほど戦いは続いた。最後に窯でガリシアパンを焼く焔を見ながら、辺りを見渡す。みんな、笑顔で、言語の垣根も超えて、会話や雰囲気を楽しんでいる。僕はそんなあり溢れているはずの光景にふと零してしまった。

「リュウの家族って、いいよな」

「セイ?」

「僕の家さ、ちょっと変わっているんだ」

 窯の中で膨らんでいくガリシアパンはブリオッシュの頭に似ている。パンみたいに僕がずっと抑えていた家族への確執が膨らんでいく。

「そういえば、オレ、セイの家のことを知らなかったナ」

「あまり話さないようにしていたから。僕の家は両親と妹がいることは話したよね。でも、仲は良くなくてさ。僕は両親の……母親の考えが合わなくて。失敗作って育てられてさ。僕なりに頑張ったけど、結局妹には適わなくて。今は邪魔にならないように生活しているんだ」

 リュウは僕の母親については深く追求してこなかった。リュウなりになにかを察したのだろう。

「セイのじいちゃん、ばあちゃんは?」

「母方の身内は生まれた時からいないし、父方とは母親が仲悪くてさ。父方にも僕はいない者扱いだったから」

「セイ、今楽しイ?」

 リュウが真っすぐな声で聞いてくる。夜の暗さと窯の焔に照らされたリュウの琥珀の目が宝石のように煌めいている。虫入り琥珀みたいに宝物が詰まっているリュウの目に、僕は頷いた。

「うん。楽しい。三年生になってから、僕、変わった気がするんだ。リュウと出会って、友達のために行動出来て、友達が大事だから、初めて母親に逆らった」

「でも、オレのせいデ……」

 リュウは言いかけたが、止めた。その代わり、拳を目の前に出してきた。

「セイ、オレはずっとお前の友達だからナ!」

「ありがとう、リュウ」

 コツンとぶつかった拳は、なんだかいつもより重たかった。

 その重さが友情なんだって。僕は嬉しくて、しばらく手を開けなかった。

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