「守護天使ってなんだよ。お前、漫画の読み過ぎか?」

 いや、そんなことを聞くより生き返った(?)ことの方が大問題だ。聞きたいことがありすぎて、優先順位が付けられない。当の本人と言ったら、

「いやいや、これが本当なんだよ! ちぃ、すごいでしょ!」

と、胸を張って翼をこれ見よがしにバサバサ羽ばたかして自慢してくる。最後に見た時と同じ学校規定の少しサイズの合っていないブラウスの第三ボタンが悲鳴を上げている。第三ボタンが今日も所持者の隠れ巨乳の被害者となっている事態に、僕はそっと心の中で同情しつつも自分を諫めた。

「それにね、倒れていたセイ君をここまで運んだのちぃなんだから」

「そんな記憶はないし、どこで倒れていたんだ!」

「どっか!」

 そのハキハキした声には「忘れた!」という意味もある。

 ちぃは関心のあること以外、三歩歩いたら忘れる鳥頭だ。仕方ない、倒れていたというのも、天使に運ばれた男子中学生というのも、黒歴史確定事項だけれど、覚えていないので気にするのは止めよう。僕は軽くなってきた身体を起き上がらせて、枕元に置かれていた眼鏡をかける。眼鏡をかけると視界がクリアになって、脳内も引き締まる。

「お前、本当に千尋なのか? 千尋はあの日に……」

 ちぃはあの日、僕と別れた後、帰り道で一時停止をしなかった車に轢かれたと聞いた。次の日、学校に行くとちぃの机の上に弔いの花が置かれていたのをよく覚えている。

 あの日から僕はちぃを殺した犯罪者の気持ちで生活をしていた。あの公園を通る度に後悔と、自分は悪くないという逃避と、葛藤していた。ちぃは僕を恨んでいると思っていた。だから、目の前の天使がちぃだと信じられない自分がいる。

「ちぃは死んでいるよ。でも、セイ君が心配だからちぃは神様にお願いをしたの。そしたら、ちぃは守護天使になる代わりにある試練が与えられたの」

「試練って?」

「それをすぐ言ったら面白くないじゃん」

 あのな……と、怒りたくも、肩を落としたくもなるが、これがマイペースを極めたちぃだから仕方ない。波は乗りこなせと言うが、ちぃのマイペースの波はあえてクラゲみたく漂っていた方が話は進むのだ。

「試練はセイ君が最後の中学生活を送って卒業したらいいのです! ちゃんと式に出て、卒業証書をもらい、学校を出るまでが試練なのです! 試練を見事合格したら神様からご褒美としてセイ君に一つだけ願いを叶えてあげられるのです!」

 急に饒舌に語ったつもりになっているちぃ。胸を張ることも忘れない。第三ボタンが泣いている。しかも試練の内容を言ってしまっている。

 天使の試練はお笑い番組の企画なのだろうか。中学は義務教育なのだからよほどのことがない限り卒業は出来る。けれど、卒業式を迎えられば願いが叶う。それは……どんな願いでも叶うのだろうか。

「なあ、願いって神様が何でも叶えてくれるのか?」

「もちろんなのです! ちぃの神様に不可能はありません!」

 そうか。なら、僕はこの馬鹿げた試練とやらに乗ろう。目の前の天使が例え本物のちぃでなくても。悪魔であっても。僕にはどうしても叶えたい願いがあるから。そのためならなんだって利用しよう。

「じゃあ、僕も付き合うよ。千尋の試練に」

「本当に!?」

「当たり前だろ。幼馴染が天使になってまで戻ってきてくれたんだしさ」

 僕の心がズキリと痛む。ちぃが戻ってきてくれたのは嬉しい。でも、僕は私利私欲でちぃを利用しようとしているのだ。僕の胸の内を知らないちぃは笑顔になる。

「じゃあ契約!ちぃがセイ君を卒業式に導くって!」

「ああ、分かった。契約だ」

「契約完了だね!」

 ちぃは大きな目を輝かせて、僕の手を握る。その目は澄んでいて、天使の翼は眩しくて、僕はとっさに目をそらした。

 僕の願いは、ちぃの純粋さに比べれば、愚かで、救いようのない、独りよがりな願いだ。

 僕の願いは、卒業式の日に死んだ、今元千尋を生き返らせることなのだから。

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