一章 五月の八重桜と守護天使ちぃ

 アルコール臭い。

 酔って帰ってきた父親の匂いと言うよりは、洗練されて、どっちかと言うと鼻孔に馴染む臭さ。その臭いがツンと鼻について意識が覚醒する。

 ここはどこかと重たい瞼を開けると天井が見える。眼鏡がいつの間にか外されているのでぼんやりとだけれど。並んでいる正方形のパネルには点がびっしりと詰まった天井。集合体恐怖症殺しの天井。この天井がある建物を僕は一つしか知らない。

「がっ、こう……」

 そして臭いと仰向けになっていることから保健室のベッドで寝かされていたのだろう。どうしてだろうか。けれど思い出そうとすると脳が軋むように頭痛がする。

 首から下は鉛のように重たい。辺りを把握するために首を動かすと隔離するための白いカーテンが下りている。ちょうど窓がある向きに、人影が。その影はカーテンの向こうに座っていた。保健室の先生だろうか。

「あの……」

 小さく声を掛けると影が動いた。その影は華奢な少女の形をしていた。そして僕は広がった影の形に言葉を失った。

「セイ君、おはよう」

 カーテンがひらりと取り払われた。

 ポニーテールの黒い髪。丸い大きな目。舌足らずな呼び方。声の主は死んだはずの幼馴染だった。ただ、一つだけ違う点がある。その背中にはまごうことなき天使の翼が輝いている。

「ちぃ、セイ君のために戻ってきたよ」

 僕が視覚からの情報過多で馬鹿みたいにあんぐりと口を開けているのをいいことに幼馴染は思考回路に更なる追い打ちをかけてきた。

「セイ君の守護天使になってね!」

 バチーンと、効果音がなってもおかしくないウィンクが無駄に決まっているのが腹立たしいほどには。

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