第2話

どうやら神様というのは本当だったらしい・・・。


 僕の頭の中に、記憶が濁流のように流れ込んでくる。僕の入れ子となった少年、ソラ=カルヴァンの記憶だ。それが元々の僕、蒼井 空の記憶と入り混じり統合を繰り返す。僕の全く知らない情報(記憶)であれば簡単に飲み込めるのだが、例えば、青色という記憶・認識だけをとってみても、人には人の十人十色の青色がある。それを元々の僕との情報と照合し統合していかなければならなかった。


 そんな作業が自分を構成する全ての要素に及んでいく。この過程は想像を絶するもので、幾度となく自分(蒼井 空)としての自我を見失いそうになった。そんなわけで転生してから一度も起き上がることなくこの作業と格闘していた。

 

 そんな死に物狂いでの作業が続くかたわら、この世界とソラ=カルヴァンについての情報を整理していく。


 この世界の名は”ラヴィーヌ”

 世界は今、未曾有の世界大戦中であった。どこの世界でも同じ、人類による覇権を競った醜い争いだ。彼の、いや僕の住む国ノワール王国もまたその戦禍のさなかにあった。ただこの世界で特別なのは精霊の存在だろう。精霊は人類と共存しており、時にその力を宿した道具『精霊具』によって人に特別な力を与えてきた。

 そして、このソラ=カルヴァンという少年は・・・ 


 「おいソラ、起きろソラ。何してるんだよ」


 僕を呼ぶ声。まだ作業の途中なんだが・・・。

 えっと、この声は確か・・・。


 「や、やぁ、おはよう。えっとぉ・・・ルーカス」

 「おはよう、じゃねぇーだろ。早く用意しろ‼︎」

 「用意って何の用意だい?」

 「何寝ぼけたこと言ってんだよ‼︎今日は精霊具を授かる#立志式__りっししき__#だろうが‼︎」

 「あっはは・・・、そう・・・だったね。急いで用意するよ。


 そう、この世界では等しく 十五歳になる年に精霊具を授かるのだが、今日がまさにその日だった。精霊具と一言で言っても種類は様々で、あるものは包丁の精霊具を授かり料理人になったもの、またある者は#算盤__そろばん__#の精霊具を授かり財務大臣になったものまでいるそうで、今日この立志式という日は、まさに人生を決める一日なのである。


 そんな大事な日なわけで、急いで準備を進める。進めると簡単には言ったが、まだこの身体に慣れていないから全然簡単ではない。まず記憶を引き出すのに時間がかかる。服を決めるといっても今日は式典だ、それにふさわしい服を記憶の中から探り出さなければいけない。場所がわかれば今度は体を動かせばいいのだが、思うように体が動かない。まるでラジコンを操作しているみたいに、自分の意思と行動までにラグがある。思った服を取り出すだけでも一苦労である。僕とソラ=カルヴァンとの同化はもう少し時間がかかりそうだ。


 それでも急いで準備をする。僕をそんなにせかすのは、もちろん立志式に遅刻しそうなことやルーカスに申し訳ないという気持ちもあったが、他ならぬ僕がずっと抱えていた気持ちだ。

 

 そう忘れてはいけない。僕は外に出られるのだ‼︎

 準備が終わった僕は勢いよく玄関から飛び出した。

 

「空は、空は本当に広かったんだ」

 

 そう言わずにはいられなかった。

 僕の真上を埋め尽くす青空。それに際限はなくそれを閉じるのは僕の視界だけ。空は僕が見えないところまで広く広く続いている・・・。はじめて見る目一杯の空に、僕は自分の名前を誇らしく感じた。

 街並みは本で読んだ旧制の西洋建築に似た感じだ。空気が美味しい、虫の鳴き声、なにより地面に立つこの感覚。もう何もかもが嬉しくて、ふとしたら泣いてしまそうになるほど、そう僕は今外にいる。外にいるんだ。

 

 ガシッ‼︎ 感動している僕の肩を掴む手・・・

 振り返るとそこには僕を睨むルーカスがいた。

 

 「ソラ、お前いい加減にしろよ」

 「ごめん、ごめんよルーカス。今向かうところだったんだ」

 「てか、大丈夫かお前。何泣いてるんだよ?」

 「泣いてなんかいないよ。大丈夫」

 「そうか?まぁいい。お前のせいで式に遅れちまいそうだ、急ぐぞ‼︎」

 

 ルーカスに続いて、急いで王城を目指す。

 途中何度もつまづきそうになりながら、なんとか後を追ってゆく。体がいうこと聞かないのに加え、この目に飛び込んでくる街の景色が僕には新鮮で、ついつい足を止めてしまいたくなる。立志式ともあいまってお祭り騒ぎの街はとてもにぎやかだ。

 

 「そういえばソラ、ちゃんと朝飯は食べたのか?」

 「いや、食べてないけど?」

 「じゃあ、なんか食べてこうぜ。」

 「えっ、でも急いでるんじゃ・・・?」

 「今日は大事な日なんだぜ、腹なんか空かして行くわにはいかないだろ。それに、どうせ最初はつまらない話しを聞かされるだけだし大丈夫だろ」

 「本当に?本当にいいの・・・?」

 「あ、あぁ。てか、やっぱお前なんか気持ち悪いぞ」

 「そんなことないよ。それで、なに食べるの?」

 遅刻してもよかったなら、もう少し寝かせてくれれば作業も終えたのに・・・なんて野暮なことを僕は言わない。それよりも食事だ。



 ルーカスが『いつものところ』と言って入ったのは、小さな食堂だった。

 「いらっしゃいませ・・・。あぁ、君たちか」

 そう言って僕たちを迎えてくれたのは、精霊のコックだ。ホイップクリームのようにモフモフした姿がなんとも愛らしい。彼の精霊具はフライパンで特技は料理、まさにコックという名にふさわしい精霊である。ちなみにここの裏メニューはコックを精霊具の姿、つまりフライパンとして使っておかみさんが作る料理で、どれも絶品だった。もちろん全部ソラ=カルヴァンの記憶であって、僕は食べたことがないのだけれど。


 「コック、サンドイッチを二人分くれ」

 「かしこまりました。そういえば二人は立志式に行かなくていいのかい?」

 「これから行く‼︎ だから急ぎで頼む」

 「はぁ、まったく・・・二人につかえることになる精霊がかわいそうだ」

 そうぶつぶつ言いながら、厨房で調理を始めるコック。

 「そういえばルーカス。ルーカスはどんな精霊がいいの?」

 「どんな精霊って、精霊は選ぶもんじゃなしな。武具の精霊と契約が結べればなんでもいいよ」

 「じゃあコックみたいな精霊でも?」

 「あんな奴を戦場に連れて行くのはちょっとな・・・だいたい武具に宿る精霊なら見た目もそれに合ったものになるだろ」

 「あんなやつで悪かったね。僕だって君たちみたいのは選ばないよ‼︎」

 

 そう、精霊を選ぶのでなく、誰しも精霊に選ばれるのである。

 立志式で行われる精霊具選定のやり方はとてもシンプルで、元の世界でいう『選び取り』、ようは、そこにある無数の精霊具をなんでも片っ端から手にしてみて、精霊が応えればそれがその人の精霊具となる。だからみんな自分の家業や、なりたい職業にあった精霊具を手にとり、精霊が応えてくれるのを祈るのだ。


 「はい、サンドイッチお待たせ。さっさと食べて開式にもちゃんと行きなよ。まだ間に合うから。」

 「しゃーねーな。わかったよ」

 ルーカスがそういうから、僕もゆっくり味わうわけにはいかない。だけど、この世界に来て初めての食事だ。サンドイッチという名前だが、中身はこの世界にしかない動物のお肉や果物だ。僕にはソラ=カルヴァンの記憶があるから平気だが、本などで異世界に行った主人公はどうして食べたこともないものを、ああも抵抗なく食べられるのだろうか。その勇気は確かに勇者に値しているのかもしれない。 

 

 それはさておき、美味しい。美味しいぞ‼︎ サンドイッチ。

 

 食材を知っているように、美味しいというのももちろん知っている。その記憶を持っているのだから。でも僕は初めて食べるのだ。ソラ=カルヴァンの記憶を使いながら、あくまで蒼井 空としてこの世界を楽しまないと。わざわざ異世界に転生した甲斐がないしね。


 コックにお礼を告げてから僕たちは店を後にする。

食べたあとすぐに走るのは気持ち悪いというのは本当だった。でも、走るのは気持ちがいい。身体中で風を感じる。王城が近づくにつれて沢山の人と精霊でごった返しになってゆく。絵本で見たゴブリンや鬼なんかに似た精霊もいる。#他人__ひと__#の精霊を見ていると、自分にはどんな精霊が授けられるのか楽しみは増してゆく。

 ほんとに、外の世界、まぁそれを超えて異世界に来たんだけど、こんなにも世界は広がっているのだ。たった一つ真っ白な病室しか知らなかった僕には、ここにある全てが特別なことだった。

 

 そうやって世界に感動していると、王城が見えてきた、どうやら到着らしい。気づけば僕たちの立っているこの広場には、僕たちと同じ立志式に参加するであろう子どもたちだけになっていた。

 


 けたましくなり響く楽器が開式を告げる。

 ノワール国王のスピーチはとてもありがたいのだが、集まった子どもたちは、その後に控える一世一代のイベントのせいで心ここにあらずだ。みんな人生がかかっているのだからしかたな。

 

 僕だってそうだ、僕はどんな精霊具にしようか・・・。

 なりたい職業なんて今まで考えたこともなかった。今後の生活を考えるならルーカスのように武具を選ぶべきだろう、戦時中の世の中では、安定してくらせるのは一部のものを除き国に遣えるものたちくらいで、僕やルーカスのような平民には兵士になるくらいしか道は開かれていなかった。だけど、戦う理由など無いし、戦いたいとも思わない。まがいなりにも平和な世界にいた僕にはお金の為に戦うことなんてできそうにもない。

 

 悩む僕を置き去りに、着々と式は進んでゆく。国王のスピーチもいつの間にか終わってしまっていたらしい。庭園にははおびただしい数の精霊具が並べられていく。


 「おい見ろソラ、聖剣だぞ!」

 そういってルーカスの指さした先には、石台に突き刺されたひときわ美しい剣があった。『聖剣』このノワール王国で最も有名な精霊具の一つだ。数々の戦乱を駆け抜けてきた一騎当千の剣。そんな精霊具なので毎年挑戦者は後を絶たないのだが、もう200年近く聖剣の精霊に選ばれた者はいない。


 「綺麗な精霊具だね、ルーカス」

 「あぁ、俺の精霊具になならねーかな」

 「でも、200年も契約者はいないんでしょ?」

 「それでも、俺かもしれないだろ? 結局、精霊が俺たちを選ぶんだ。だったら当たって砕けろ、挑むだけ挑んであとは神様に祈るだけだぜ‼︎」

 「そっか、当たって砕けろか!」


 ルーカスのおかげで悩むのが馬鹿らしくなった。何になりたいなんて、僕に決められるはずがなかった。だって僕は生きるのに必死なんだから。なるよになれ、当たって砕けろ作戦だ。そうすれば精霊のほうが選んでくれるんだしね。


 そして、いよいよ精霊具の選定式が始まる。全ての子供たちにとってその運命を左右する儀式であり、それはソラも例外ではなかった。


 


  

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Reise ~生きたい僕と、死にたい君〜 @toumei746

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