第60話 ロセ鉄鉱山

 ロセの駅にて停車した列車から姿を現したのは上から下まで褐色で彩られた三十代半ばほどの男性――グリードただ一人であった。


 鉱石の採掘地として栄えるロセであるが、実際観光地となるような場所があるわけでもなく、働く者たちも単身で訪れ住み込みで生活することがほとんどである為、駅を利用する者はほとんどいない。


 それでも駅が置かれている理由としては、採れた鉱石の輸送であったり、物資を届ける為という、事業的な理由が主になっているからである。


 そんな事由もあって、誰一人動くことのない列車の客室内では、グリードだけが立ち上がり、奇異とも興味ともいえる視線の中、ホームへと通じる扉へと向かう羽目となっていたのだが、グリードはさして気にすることもなく、硬い表情のまま、無言で駅へと降り立ったのであった。


 そして、土と炭の入り混じったような、独特な臭いが風に乗って飛んでくる最中。


 背後では扉が閉まり、甲高い汽笛が鳴り響いたかと思えば、ゆっくりと列車は動き始め、完全に退路が断たれる。


 言わば、後には引けない状況である。


 仮に引くのであれば、しばらく退屈と同席しながら次の列車を待つことになるが、今更そんなことをするのでは、何をしにこの地までやってきたのかわからない。


 迷い、悩む余地もない現状において、グリードはしばらくの間、この地の空気に身体を馴染ませるように、風に吹かれながらじっと目を閉じ続けること数分。


 すっかり列車の影も見えなくなり、周辺にいる人影は自分自身のみとなった頃、グリードはようやく目を開き、すべてを受け入れたかのように、どこか吹っ切れた表情で、前方にそびえる鉱山へと向かって動き始めた。


「……妙だな」


 採掘作業が行われているであろう、採掘所へ通じる道を寄り道することなく、まっすぐ進んできたグリードであったが、ふと感じた違和感に眉をひそめる。


 しかし、それが一体何がおかしいのか、すぐには理解できず、疑念を抱きながらもグリードは、時間的猶予が決してあるわけではないことからも足を止めることはなかった。


「居るとすれば、中はない……となると、大体の場所は決まってくるな」


 脳内のリソースを割き直し、今探すべき相手の場所を想定し始めるグリード。


 その想定した場所は、至って単純であり、採掘場上部にある、広場であった。


 というのも、グリード自身がロセを訪れたのは初めてではなく、以前にも数度仕事をするために訪れたことがあったからでもある。


 そして当時の記憶から、採掘場は山の上部と中腹部にそれぞれ穴が掘られており、それぞれの穴の前に、切り開いて作られた広場とトロッコ用の線路が伸びていることを思い出し、更にはマルクという男について知り得る情報から性格を加味し、待ち受けている場所を予測したのであった。


「久々にここに来たが……多分、あそこだろうな」


 もうじき鉱山の中腹部にある広場へとたどり着こうという時。


 グリードは一旦足を止めて、顔を持ち上げ、更にその上にある採掘場を見上げた。


 さすがに現在位置が下方ということもあって、実際にマルクやコニールの姿があるかまでは確認することができなかったが、それでもほぼ間違いはないであろうという確信をグリードは持っていた。


 その後、再び足を踏み出そうとした瞬間、グリードは今まで抱いていた、空気の違いについて理解する。


「なるほど。こういうわけか……」


 幾分体力の回復したグリードは、自らの体調を確認するかのように、右手を開閉させながら、不敵に笑う。


 そんなグリードの前方には、数十はいるであろう、明らかに鉱山で働いてはいないであろう格好の人間が集団で控えていたのであった。

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