第59話 戸惑い、そしてロセへ

 ロベルト邸での悶着が終結してから数刻が過ぎた頃。


 グリードはトルカンから首都クオルへと北上する列車の、二人掛けの座席の中央にどっしりと腰掛け、限界近くまで削られていた体力の回復に努めていた。


 首都へと向かう便ということもあって、車内は中々に込み入っていたが、グリードの周辺に限っては、彼の放つ独特の空気故か、向かいの座席も含めて一区画分を独り占めする形となっていた。


 そんな状況にあっても、グリードはその性格上、他人に着席を促すなどという行動を取ることもなく、自分が次に取るべき行動について、思案を巡らせる。


 恐らくマルクが向かった先は、国内唯一ともいえる鉄鉱山であること。


 そして、せっかく連れ去った少女を、一番確実なロベルト邸ではなく、別の場所へと連れて行った理由。


 さらには、感情的になりやすく、直線的な思考回路を持った、マルクの気質。


 それらを総合した結果、グリードの頭脳は容易く解答を導き出し、己でその結論に憂慮をする。


「まったく、マフィアのボスも苦労をするわけだ」


 グリードは自らの胸の内に見出した答えを仕舞うと、ようやく座席の背もたれによりかかり、脚を組む。


 不定期に訪れる列車の振動。


 他愛ない旅行客たちの会話。


 代り映えしない、車窓から見える、岩砂で描かれた風景。


 それらが、疲れ切ったグリードの肉体を、深い眠りへと誘おうとする。


 グリード自身も、これがただの移動であったのなら、意識を夢の中へと預けているのであろうが、今のグリードは事情が違う。


 このまま眠りに入ってしまっては、疲労の度合い的にも移動時間的にも下車予定の駅――ロセを乗り過ごしてしまう恐れがあり、迂闊に眠りに就くことができないため、常に気を張り詰め、意識を保たなくてはならないのであった。


「確かに俺にも甘い部分があったのかもしれないが、その代償にしては、ちょっとばかし、これはハードすぎるだろ……」


 グリードは天井を仰ぎ、そうつぶやくと、軽く目を閉じて現在の境遇を悔やむ。


 しかし、そうしたからといって、グリードのするべきことは変わらない。


 場合によっては、今以上にきつい状況に陥ることも考えらえる。


 それでも、グリードの頭から、撤退の言葉が出てくることはなかった。


 というのも、仕事に対するプロ意識であるとか、責任感であるとか、そういった理由ももちろんあるが、それ以上にグリード自身が常に命を賭して仕事に臨んでいるからであった。


 しばらくの間、じっと目を閉じ、意識を繋ぎ止めながら、思考の海を漂い続けるグリード。


 そして、不意に訪れた、一段と強めの振動によってグリードは目を開き、何かを決意したかのように、改めて顔を引き締める。


「そうだ、俺はすべてを捨てて、死ぬ覚悟で仕事に臨んでいたはずだ。それを今になって、どうしてためらう必要がある」


 誰にとなくそうつぶやくグリードであったが、その声に応える者はもちろんいない。


 だが、代わりにグリードの脳裏には、不思議とコニールの姿が思い浮かぶ。


 その事実が、グリードの心を珍しくも掻き乱し、奮わせる。


「どうして、俺はあの少女のことを……いや、俺は……でも……」


 長く続いていく列車の旅。


 目的地であるロセの駅は、もう、遠くはない。


 そんな状況において、グリードは、ただの依頼人として見ていただけの少女に対し、特別な感情を抱いていることを自覚し、仕事を始めて以来、初めてとまどいを抱いたのであった。

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