第51話 二度目の正直

 予断を許さない攻防が繰り広げられる、ロベルトの私室には、グリードとロベルト両者の息遣いと衣擦れの音が響いていた。


 年齢と技量、そして経験の面を加味しても、相手の攻撃を回避しつつ打撃を加えていくグリードの方が若干優位と思える状況であるのだが、現実はそう甘いものではなかった。


 確かに、体力的に劣るロベルトの方が、一撃があるとはいえ、戦闘が長引けば長引くほどパフォーマンスも落ち、ほぼサンドバッグも同様に攻撃を受け続ける状況になり得るのは傍目にも明らかである。


 ただ、その予測と異なる現実に至ることになったのは、グリードの体調が万全でなかったことが理由として挙げられる。


 一日の内に複数回仕事をこなすことは、グリードの人生においても珍しいことではない。


 しかし、今日のグリードは、午前中にダンとの死闘ともいえる戦闘を終え、そこから身体を休める間もなく、この地へ舞い戻り、今度はロベルトと拳を交えている。


 そんな状況のグリードであったからこそ、ロベルトも対等に渡り合うことができていた。


 相手の攻撃を受け止め、その際に生じた隙を突くように攻撃を返す。


 その行為をロベルトは、愚直に、しかし決して勝機を逃さぬ強い眼差しで行っていく。


 また、グリードはそれを紙一重ともいえるタイミングで回避し、再び蹴りやら拳やらを、まるで巨岩のように堅く、強靭な肉壁へとぶつけるといった行為を繰り返していく。


 無論、どちらも人間であり、戦えば戦うほどに、体力は減っていき、肉体は疲弊していく。


 動きも、最初のようなキレはなくなり、素人に比べれば全然であるが、その道の人間からすればいささか緩慢さを覚えるレベルにまで落ち、そしてついに勝負の終わりが見え始める。


「――うらぁっ!」


 それは、頭部へ放たれたハイキックを片腕で防いだ後の、カウンター気味の一撃であった。


 蹴りの勢いで若干揺らいだ体幹を、気合で持ち直し、ロベルトはそのまま頭でグリードの胸元へと突っ込み、胸部を突き上げる。


「……がっ……はっ……」


 ただでさえダメージを受けている頭部による、頭突き。


 その不意打ちともいえる、予想外の動きに、グリードは十分な回避をこなすこともできず、まともに受けてしまう。


 とっさに身体に力を込めて、衝撃の軽減を図ったりはしてみたものの、それでも筋肉のそれほど厚くはない部位に受けたダメージは決して軽くはなく、グリードの身体は既に倒れている部下の男たちの合間のスペースへと、背中から倒れ込む。


「っく……」


 背中を強打し、うめき声を上げるグリード。


 そこへ、ロベルトはここぞとばかりに追撃を狙って近づき、ストンピングを試みる。


 一度、二度、三度と、顔面を狙って降りてくる足を、床上を転がりなんとか避けるグリードと、それを追いたてるように迫るロベルト。


 その絶望的な追いかけっこの終点は、突然に訪れる。


 それは、本当にわずかな時間。


 転がるグリードと、悠々と追いかけるロベルトの距離が幾分離れたタイミングで起こった。


「――おらぁっ!」


 グリードは回転の勢いをそのままに、床に片手を着くと、その接地点を軸に身体をひねり上げるように回しながら持ち上げ、振り上がった足でロベルトの顔を蹴りつけた。


「うがっ……この……」


 タフさが売りのロベルトも、さすがに顔への刺激には耐性が弱いらしく、蹴られて赤くなった箇所を手でおさえ、その場に留まる。


 その隙を見逃すことなく、グリードはその場に飛び立ち、先ほどの仕返しとばかりにロベルトの胸部へと脚を突き込んだ。


 意識が顔面へと向いていたロベルトは、意識外からの衝撃に、踏ん張ってこらえることを忘れ、後方へと軽く吹っ飛び、転倒する。


「くそ……この若造が……」


 悪態をつきながら、のそのそと起き上がろうとするロベルト。


 対して、グリードはというと、距離を詰めることなく、素早く近くの床に転がっていた、黒鉄の拳銃を手に取り、その銃口をロベルトへと突きつけた。


「終わりだ。二度目はない。諦めろ」


 そう言い放つグリードの声が、静まり返った室内の中、冷たく広がっていった。

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