第52話 契約
「なるほど……さすが、と言うほかないな。お前みたいなのがウチに居たなら、組織も安泰だったんだがな……」
ロベルトは銃口を向けられているにも関わらず、どこか嬉しそうにそう語った。
そして、グリードからの言葉を待つことなく、若干疲労の残る動きで、敵に背を向けて部屋の奥へと向かって歩き始める。
「おいっ、どうするつもりだ?」
拳銃を握る手に力を込めつつ、鋭く声で牽制をするグリードだったが、それでもロベルトは急ぐことも焦らすこともせず、まるで意に介してないかのように、足を止めなかった。
ただ、ロベルトも完全に無視を決め込むというわけでもなく、軽く後方へと目を向け、敵意の抜けた、穏やかな、それでいてわずかに気張りを感じられる声を返す。
「安心しな。別に不意打ちをかまそうなんて思ってねぇよ。まぁ、撃ちたいなら好きにすりゃあいい」
ロベルトのあまりの潔さに、グリードも発砲をする機を逃し、結局拳銃を構えたまま、表情硬く立ち尽くす以外できずにいた。
そんな中、ロベルトは壁際に置かれたテーブルの引き出しを開けると、中を漁り始める。
通常、そんなことをされたなら、中から拳銃などの武器を取り出される心配をしてしまうところだが、グリードに限ってはその例外であった。
というのも、平素ロベルトが過ごしている場所の死角に、暗殺を実行できるような武器類を配置しておくことなどないと、確信できていたからでもある。
ロベルトもそういったグリードの気質を把握でもしていたのか、目当ての品を手に、悠々と振り返る。
「お前は、世にも珍しい、金で動かない何でも屋なんだってな。聞いた話では金の代わりに宝石で仕事を請け負っているとか――」
そう口にするロベルトの手には、遠目にもわかるサイズをした、色鮮やかな様々な宝石たちが、溢れんばかりに握られていた。
対して、グリードは返事をすることなく、ただ黙って顔をしかめる。
反応を返さないグリードに、ロベルトは既に自分の中で交渉の構想が出来上がっているのか、別段感情的になることもなく、グリードの元まで歩みを進め戻ると、宝石を見せつけるように腕を差し出す。
「どうだ、いかほどの宝石で仕事を受けたかは知らんが、こっちの方が質はいいはずだ。国内でも最高峰のものだからな、どうだ、これで俺から仕事を受けてみる気にはならんか?」
宝石好きであるなら垂涎ものともいえる、大きく煌びやかな宝石の数々。
それを差し出されたこともあり、グリードはそれまで突きつけていた拳銃を下ろし、抑揚のない声で、簡潔に尋ねた。
「――仕事の内容は?」
途端、ロベルトの顔が卑しく歪む。
「俺の部下……いや、俺のモノを勝手に盗もうってんだから、もう部下ですらないか。マルクっていう、ろくでもねぇ野郎がいるんだが、そいつから山の権利書を奪ってくるんだ。生死は問わん。お前ほどの腕の輩なら難しいことはないだろう?」
ロベルトの言葉に、グリードは数秒程の間、沈黙を挟んだ後、感心した様子で答える。
「なるほど。確かに、悪くない話だな……」
「よし、契約は成立だな。なら、早速――」
自らの思った通りに事が進み始め、ロベルトの気が完全に緩んだ瞬間のことであった。
グリードは、一度下げた腕を素早く元の位置にまで引き戻し、ロベルトの眉間へと狂いなく照準を合わせた。
そして、グリードから向けられた予想外の所作に、ロベルトは驚き、目を見開く。
「なっ……どういうつもりだ⁉」
初めて見せたと言っても過言ではない、ひどく動揺した表情。
それを目にして、グリードはうっすら笑いを含ませながら、説明してみせる。
「生憎、先約があるんでね……仕事は受けられねぇんだ、残念だったな。あと、権利書の在り処――教えてくれてありがとうよ」
言い終わると同時に、グリードは一瞬で表情を消し、拳銃の引き金を引いた。
広々としたスイートルーム内に銃声が反響し、眉間に風穴を開けられた、この地有数の権力者だった者の肉体がゴトンと床上に落ちる。
その様を、だるそうな目つきでしばらく見下ろし、息絶えたことをしっかりと確認した後、グリードは手にした拳銃をその辺へと投げ捨て、ロベルトの手中からこぼれた眩いばかりの輝きを放つ緑色の宝石を一つ手に取ると、何食わぬ顔でそれをポケットに仕舞う。
「……でもまぁ、貰えるなら貰っておくぜ。もう死んじまったんだから、お前のモノってわけでもないだろう?」
もう起き上がることのないマフィアのボスにそう吐き捨てると、グリードは若干肩を落としながら、自らが入ってきたドアへと向けて足を進めるのであった。
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