第50話 似て非なる男たち

 助走をつけた状態から放たれる拳は、直撃すればノックダウンこそしなくとも、相当なダメージを受けることは間違いない。


 それも、素人であるならまだ余裕はあるだろうが、迫ってくる相手は腕っぷしでのし上がってきた男である。


 いかにグリードが自らの生に執着のない人間であったとしても、それを真正面から受け止めるなどという選択はなかった。


 つい数秒前まで頭部があった箇所に、寸分の狂いもなくロベルトの拳が突き出され、グリードはとっさに首を動かし、回避する。


「おっ、一応避けはするんだな」


 空を切った拳を引き戻しながら、ロベルトが挑発的な笑いを浮かべると、グリードも傾げた頭を元に戻し、こちらも煽るような顔つきで返答する。


「あぁ、痛い目に遭うのは好きじゃないんでね」


「言うじゃねぇか」


 直後、ロベルトは不敵に笑うと同時に、グリードのボディ目がけて下方から突き上げるように一撃を放つ。


 それをグリードは瞬時に理解するも、回避は難しいととっさに判断し、腹部に力を込めながらも、お返しとばかりにロベルトの顔面へと拳を振りぬく。


 互いの身体に響く、突き抜けるような衝撃。


 その威力故に、グリードもロベルトも、一時的にではあるがその動きが止まる。


 ただ、その間も両者は視線を一切そらすことなく、ぶつかり合った意地を貫き通すべく、身体に力を込め続ける。


「へぇ……そこそこに根性はあるみたいじゃねぇか」


「そっちこそ、年の割には頑張ってるみたいだな」


 売り言葉に買い言葉を並べつつ、どちらともなく距離を取ると、ほどなくして今度はグリードの方から仕掛けた。


 それは上段へと狙いを定めた鋭い蹴り。


 ロベルトはそれを腕で直撃をガードしながら、逆の手で再度ボディへダメージを追加しようと試みる。


 ただ、実際に訪れたのは腕ごとねじ伏せようかという重い衝撃であり、ロベルトは思わず歯を食いしばり、転倒せぬよう脚に力を込める。


 おかげで反撃しようと飛ばした拳も、グリードによって軽やかに払われてしまっていた。


「――ちっ」


 攻撃を防がれたことに、不服そうに舌打ちをしながら、ロベルトは掌をグリードのあごを目がけ突き上げる。


 しかしながらグリードはそれすらも身体を後方へと重心を引くことで、素早く回避し、バランスを崩しながらもロベルトの腹部へと突くような蹴りを放った。


「ぐっ……」


 ロベルトは苦しげな声を漏らしながらも、決して弱った顔を見せることなく、憤った表情のまま、次なる攻撃へと移る。


 それは、傍目にはまるで迫りくる猛牛と、それをギリギリでかわしながら弱らせていく騎士の姿のようでもあった。


 そして、それらは二人の戦い方を象徴したものであると呼んでも過言ではない。


 タフネスを持ち味として、相手の攻撃を受けながらも、ひるむことなく突き進み闘い続けるロベルト。


 自らの身の保安など考えず、迷いなく突き進み、相手を仕留めようとするグリード。


 どちらも、相手の心の隙を突く、大変酷似した戦い方をする人間でありながら、その根底にあるものは面白いほどに真逆なのである。


 そんな二人が拳を交えた結果、もちろん技量であったり体力であったりという要素による要素も関係してくるが、それらの特性を念頭に置いてみた結果、自然と勝敗の分岐点というものは見えてくるものである。


「どうした、若造? 随分と手ぬるい攻撃をしているようだが、もうバテたか?」


「そっちこそ、そろそろ身体が悲鳴を上げてる頃じゃないのか? さっきから顔が痛みを我慢できてないみたいだが?」


「はっ、言いやがる。そっちこそ、俺の一発を怖がってるように見えるが、違うのか?」


 ロベルトはグリードが回避に重点を置いていることで、攻撃に集中できず十分なダメージを与えることができずにいることを見抜き、逆にグリードはロベルトのダメージが蓄積されて限界を迎えようとしていることを見抜いていた。


 勝負は、ロベルトが決してタフとは言えないグリード相手に、先に決定打を与えるか、それともグリードが無類のタフネスを誇るロベルトの牙城を打ち崩すか、そのどちらかとなっていたのであった。

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