第48話 当たらない銃弾

「へぇ……さすがマフィアのボスだ、この状況でもビビった顔ひとつしやがらねぇ」


 自分に銃口を向けられているにも関わらず、グリードは感心した様子でそう言葉を返す。


 その姿にロベルトは眉間に生じたシワをより深く刻ませ、低い声でグリードへ警告をする。


「当たり前だ、俺はここまでくるのに、どれだけの死地を経験してきたと思ってるんだ。お前もそれなりの度胸はあるかもしれねぇが、そんな態度だと長生きはできねぇぜ?」


「長生きねぇ……」


 グリードはロベルトの言葉に、あきれた様子で首を傾げてみせると、深いため息を吐いた後に、感情のない瞳をロベルトへと向けながら、続けた。


「そういうのは、もっとマトモな人間に向けて放つべき言葉だな。少なくとも俺にとっては、長生きなんて、何の意味もない言葉に過ぎない」


「そうか。それが真実か嘘か、俺にとってはどうでもいい話だが、せっかくのことだ、俺が確認してやるよ」


 そう言うなり、ロベルトは一切のためらいなく、手にした拳銃の引き金を引いた。


 乾いた破裂音が響き、一瞬ではあるが、場の空気が衝撃で震える。


 普段より拳銃を扱っていないのだろう、ロベルトの放った銃弾は発射の直後から、その衝撃で大きく軌道がズレ、グリードの身体に当たることなく背後の壁に直撃し、めり込んだ。


 グリードは目を細め、首を動かすことなく、目線のみで銃弾の行方を視認すると、無言でロベルトとの距離を縮めるように歩きを進めていく。


「……ちっ、外したか。だが――」


 ロベルトはすぐさま二発目の銃弾を発砲し、グリードの命を刈り取ろうと試みる。


 しかし、運命の女神はロベルトに対して微笑むことはなかった。


 通常、銃弾の発射を確認してから、その経路を予測し、その上で回避行動をとるなどという芸当は、人間の能力的に至難の業とも呼べるものである。


 それこそ、幾度も特殊な訓練や能力を経験していたり、有していたりだとということでなければ、完全に勘に頼った回避行動を行った上で、銃弾が当たらないことを祈るしかない。


 そして、グリードはその運を天に任せた回避方法によって、見事にロベルトの銃弾をかわしていた。


「勝負っていうのは、もちろん武力の差も大事だけどよ……」


 相手よりも自分の方へと、明らかに流れが向いている――そんな実感を覚えてか、グリードはここぞとばかりに駆けだし、勝負に出る。


 その動きに、ロベルトもさすがに表情を引きつらせ、若干身を引いて、次の発砲を急ぐ。


「くそっ、今日は運がねぇ……」


 飛び道具という明らかに優位な武器を有しているにも関わらず、その優位性をまったくもって感じられないことに、憤りと焦りの感情を隠すことなく、ロベルトは引き金を引いた。


 ただ、大いに動揺したロベルトの照準は、決して安定しているとはいえず、的確にグリードの急所を捉えることができない。


 その結果、撃たれた銃弾はグリードの頬をかすりこそしたものの、戦況に大した影響を与えることもなく、壁の中へと消えていった。


「くそっ、どうして――」


 すぐ側まで近づいている、脳裏に浮かんだ敗北という未来予想図に、ロベルトの身体はもはや逃げ腰になりつつあり、その声からも威厳が消え始めていた。


 そこへ、至近距離まで近づいていたグリードが、ロベルトがの抱いた弱音をより大きく割り開くように、トドメの言葉を突き立てる。


「――自分の力をどれだけ出せるかっていう方がずっと重要なんだよ」


 瞬間、グリードはロベルトの銃に手を掛け、そのまま引き寄せつつ、がら空きになっている腹部へと、いまだに勢いを失っていない右膝を思いきりぶつけていた。

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