第47話 無双
ロベルトの私室にて突如として開始された戦闘。
しかしながら、グリードは事前よりそれを予知していたかのように、瞬時に構えを取り、次々と襲い来るであろう攻撃に備える。
これが狭い室内であったなら、回避をしようにも十分な移動ができないため、防御を強いられる状況が幾度も訪れたであろうが、幸いにもこの場はスイートルームであり、なおかつ障害になりそうなテーブルや柱といったものは大分距離が取られていて余程追い詰められていない限りは、戦闘に困ることはない。
唯一の難点を挙げるとすれば、逆に障害物が少ないため、近距離から銃などの飛び道具で狙われた場合、物陰に隠れて避けるといった行為が難しくなるということくらいである。
ただ、ボスの居るこの部屋で、安易に銃を取り出し、そして跳弾のリスクを冒してまで発砲をしようという輩は、この段階ではまだおらず、結果として、ある程度格闘術を有し、相手の捌き方を理解しいてるグリードが優位に立つのは、必然ともいえることであった。
グリード自身もそのことを十分に理解しているのか、別段慢心も過信もすることなく、ただ淡々と作業をこなすように、順々に襲い掛かってくる男たちをいなし、かわしていく。
このままいけば、いずれは動きの多い、ロベルトの部下たちの方が、最低限の動きのみで対応しているグリードよりも先にバテてしまうのは明白である。
ただ、それを悠長に待っていられるほど、ロベルトという男は気の長い人間ではない。
味方を巻き込んでしまわぬようにと気を遣いながら攻撃を続けている自らの部下たちに対し、ロベルトは怒りを露わにし、怒号を飛ばす。
「てめぇら、何をちんたらやってやがる! そんな甘えたやり方でタマ取れると思ってんのか! 相手が一人だからって、余裕カマしてんじゃねぇぞ! 何が何でもそいつを仕留めるっつぅ、覚悟を決めていけ!」
「はいっ、ボスっ!」
ロベルトの言葉に、部下たちは力の限りの声で返事をする。
その様は、敬意からくる、清々しさを含んだ声色とは程遠いものであり、どちらかといえば、畏怖からくる、己の精神を奮い立たせる意味合いを含んだ、鬼気迫る声色であった。
それからというもの、部下の男たちの動きは、より鋭く、なりふり構わぬものへと変化しながら、グリードを襲う。
ただの拳が飛んでくるだけの攻撃だったものが、ほぼ同時に左右から飛んできたり、また危険を覚悟で背後から羽交い絞めにしようと飛び掛かってきたり、それらをまとめて長く伸びた棒で一掃しようとしたりと、その攻撃の質は明らかに向上しており、これにはさすがのグリードも動きが忙しなくなる。
「こいつは、さすがに危ないな」
一応余裕を見せるセリフを吐きはするグリードであったが、その動きはそれまでのものと打って変わり、反撃の手が加わったものへと昇華していた。
ほぼ挟撃のような、左右から同時に迫ってくる拳は、片や腕を取り強引に引っ張って転ばせ、もう片方には胴体へと突き出すような蹴りを入れる。
直後、後方から迫ってくる相手の気配を察知するなり、身を翻し、カウンター気味に相手の頭部に拳を叩き込む。
また、長物を手にした相手の攻撃はさすがに回避は間に合わず、瞬時に身を縮ませて一旦身体で受け止めた後、棒をそのまま腕で挟み、固定する。
「なっ⁉」
グリードに受け止められた棒をどうにか引き抜こうとするも、腕でしっかり固定された棒はビクともしない。
棒使いの男はその間、動きを封じられるものの、他の輩はグリードも自由に動けないというこの状況を黙って見過ごすわけもない。
ここぞとばかりに、距離を詰めてくる数名の男たちであったが、その意図は脆くも棒使いの男が力を込めるべく、力を抜いた一瞬の隙によって、打ち崩された。
「残念だったな」
グリードはすぐさま棒を引き、棒使いの手を放させると、そのまま一気に突き出し棒使いの胴体を突く。
そして、すぐさま棒をその場に立てると、立てた棒を軸に跳ね上がり、迫ってくる男たちを、まるで壁を走るかのように次々と蹴り出しながら、一周回って見せる。
「よっ……と」
長い跳躍を終えたグリードが再び足を着くと同時に、手を放した棒がカランと寂しげな音を立てて倒れ、その同心円状に男たちが、まるで花でも咲いたかのように倒れていた。
「くっ……どいつも、こいつも、ダンの野郎がいないとこのザマか。もう、結局信じられるのは自分だけしかいねぇじゃねぇかよ」
グリードの周囲に出来上がった、横たわる部下たちの姿に、ロベルトは悪態をつくと、険しい顔のままグリードをにらむ。
対するグリードは、肩をすくめてみせると、こちらは対照的に軽い口調でロベルトを煽った。
「さて、満足に動ける人間は、後はアンタ一人だけみたいだが……どうだ? 権利書を一体誰が持っているか、教えてはくれないか?」
「だからよ、口には気をつけろと、言っただろうが」
苛立った様子でロベルトはそう告げると、一切のためらいなく、拳銃を取り出し、憎き敵へとその銃口を向け、構えた。
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