第42話 ニアミス
ロベルト邸へと続く街道は、いつになく物々しく、ピリピリと張り詰めた空気が漂っていた。
その要因は他でもなく、ロベルトの部下である男たちであり、その皆が今にも襲い掛かってきそうな気迫を放っているからである。
そんな殺気立った街道の真ん中を突っ切って歩くような無謀な真似を、その原因を作ったグリードがわざわざ危険を冒してまで通るなどするわけもなく、グリードは住宅地を外れ、人通りの多い町の主要道を、人ごみに紛れるようにして進んでいく。
幸い、グリードの着ている褐色のジャケットや帽子も、観光客やビジネスパーソンの往来の多さもあって見事に溶け込み、当人を目を皿のようにして探してでもいない限り、発見するのも難しいほどであった。
「この様子なら、案外簡単に事は済みそうだな……」
部下たちを集結させているということは、これからどこかへ襲撃をかける、あるいは大きな集会やそれに準ずる催しが行われるということの表れである。
そのどちらにしろ、多くの人手が邸宅の外部へ流れ出ることに変わりはないわけで、それはつまり、グリードの仕事が容易くなるということでもあった。
しかしながら、グリードの表情は楽観とは程遠いものであり、強張りさえ感じるものであった。
というのも、グリード自身がとある可能性を危惧していたからである。
「いや、大丈夫なはずだ……」
まるで自分に言い聞かせるように小声でそうつぶやくと、グリードは歩く速度を上げる。
その脳裏には、自分の住処が襲撃され、コニールの身に危険が及ぶのではないかという、最悪の事態が、ほんの一瞬ではあるが描き出されていた。
それでもグリードが彼女の身を案じて引き返すなどということをせずに、仕事を遂行しようと動くのは、依頼をこなすという仕事人としての誇りもあったが、それと同時にコニールであれば、きっと隠れてやり過ごしてくれるという、信頼のようなものをグリード自身が抱いていたからもであった。
そして、やや遠回りをしたものの、グリードは再びロベルトの邸宅前へと姿を現す。
ただ、最初に忍び込んだ時と決定的に違うのは、鉄柵のような門が完全に閉まっているという点であった。
「う~ん……参ったな」
荘厳な造りをした門戸と、その奥にそびえる邸宅を、物珍しさから眺める観光客よろしく、グリードは道端から眺め、声を上げる。
門が開いていたなら、そのまま中へと入れたのだろうが、生憎グリードには鍵開けの技術がない。
となれば、侵入するには敷地を取り囲む塀を乗り越える以外に方法はないわけだが、さすがにそれは日が高いこともあって目立ちすぎるとの見解から、躊躇をしてしまっていたのだった。
「……まぁ、やらないわけにもいかないか」
悩み続けること数十秒。
代替案も出てこない現状、グリードが取れる行動は、潔く諦めるか、何とかして門を開けてもらうか、危険を承知で塀を乗り越えるかのいずれかしかない。
その中からグリードが選んだのは、最後の択であった。
「いよっ……っと……おっ、見張りもいないか。こいつはラッキーだ」
グリードは人通りが途切れたタイミングを見計らって、軽く助走をつけると勢いそのままに塀に沿うように飛び上がり、塀の上端を掴み、よじ登る。
その間、グリードは塀の内側からも外側からも丸見えの、完全に無防備な状態にさらされる。
ただ、現在のロベルト邸は部下の大半を報復に動員していたことも重なり、幸運にもグリードの姿は発見されることなく、忍び込むことに成功できていたのだった。
「さて……時間は掛けられないが、権利書だろ……となると、保管場所は……」
着地後、すっくと立ち上がったグリードは、おもむろに視線を動かす。
その先は、ちょうど二階の最奥に広がっているであろう、邸宅の主にしてマフィアのボス――ロベルト・バレスの私室へと向けられていた。
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