第41話 権利書を求めて

 閑静な住宅地を、トランクケース片手に何食わぬ顔で颯爽と抜け、グリードは自らの住まいの扉を開く。


 普段は静まり返っている家屋であるが、今日ばかりは可愛らしい少女の声が、グリードを出迎える。


「あっ、おかえりなさい――どうだった?」


 グリードが無事帰ってきたことに対する安心感と、仕事を完遂できたかという不安とが入り混じった声色。


 その声の主――コニールは、玄関まで歩み出てきたところで、グリードの手にしているトランクケースが目につき、隠しきれない歓喜の表情を浮かべる。


「それっ……本当に、取り戻せたの⁉」


 高揚した声で確認するようにグリードに尋ねたコニールに対し、グリードは相変わらずの気怠げな顔のまま、トランクケースを手渡す。


 「まぁな。時間もそれほど経ってはいないし多分大丈夫だと思うが、一応確認はしておいてくれ」


「うん……ありがと」


 コニールはグリードから荷物を受け取ると、嬉々とした、年相応の愛らしい笑顔を浮かべながら、手近にある程よい高さの台の上へとケースを置くと、早速開けて中身を確認しようとする。


 その挙動を目を細めてみていたグリードであったが、すぐに緊迫した状況から脱した直後故か、不意に込み上げてきた欠伸に、こらえることなく口を開くと、帽子とジャケットを脱ぎ、眠そうに部屋中央部にあるソファへと向かい、そのまま腰を落とした。


 ガサゴソと荷物を取り出す、小さくも耳に心地よい環境音、そして全身に広がる疲労感からくる眠気。


 そのまま眠りについてしまいたい欲求に流されてしまいそうになるが、グリードはそこをこらえて、コニールへ顔を向けることなく声をかける。


「荷物の確認が終わったら、なるべく早くここを出ろよ。さすがにすぐにってことはないだろうが、あいつらが追ってこないとも限らない。首都のクオル辺りだったら手も出せないだろうから、しばらくはそこでほとぼりが冷めるのを待つのが――」


 コニールの今後の動向について、グリードなりにアドバイスを送ろうとするも、その言葉はコニール自身の、驚きの声によって瞬時に中断させられた。


「――ないっ! 他の物はあるのに、権利書だけが……取られてる。なくさないようにって、ちゃんとここに入れてたのにっ!」


「何だとっ⁉」


 コニールの発言に、グリードはソファから飛び起き、すぐさま側に駆け寄る。


 そして、若干手を震わせながら、手あたり次第に荷物を掻き回す、切迫した顔の少女の脇に立つと、その中味を共に確認する。


 詰め込まれている荷物は、少女の衣服や可愛らしい装飾品、そして小柄な生活雑貨と様々であったが、そこにはコニールが言うように、権利書のような紙の気配はまるでない。


「……こいつは、もう抜かれてたか」


 小さく舌打ちをし、渋い顔をするグリード。


「そんな……このままじゃ、おじいちゃんの山が……」


 コニール本人も理解したのだろう、今にも泣きだしそうな声で、探し物をする手を止め、着替えの衣服をつかむ手をギュッと握る。


 その様子からも、取られた物が相当に重要な意味合いを持つ品であることを、グリードは言われるでもなく理解していた。


 そして、その姿は、一度仕事を終えたグリードを、再び立ち上がらせるのに、十分すぎるものでもあった。


「おい、それは何の権利書だ?」


「……へ?」


「だから、無いのは何の権利書だって聞いてんだよ」


 ぶっきらぼうにそう言い放つグリードに、コニールは少しの間を置いた後、絞り出すように言葉を送り出す。


「……鉱山です。鉄の採掘をしている……私、それをおじいちゃんの知り合いの、この町の商工会の会長さんに譲渡するために――」


「わかった。それ以上は言うな。俺には関係ない話だ」


 グリードはそう言って会話を切り上げると、すぐさま身支度を開始し、馴染みの褐色のジャケットを羽織り、帽子を被り、コニールへと背を向ける。


 そして、最後に一言忠告を残して、玄関へと足を進めた。


「コニール、もしかしたらここは安全じゃないかもしれない。だから、もし誰か尋ねてきても、無視して屋根裏に隠れてろ。あそこなら、多分見つからない。仮に入口を見つけられたとしても、宝石に注意がいって、お前にまで気は向かないはずだ」


「でも、それじゃあ――」


「じゃあ、行ってくる」


 一切の質問も制止も受け付けない――そんな意志を一言に凝縮させ、グリードは、背中を向けたまま、軽く手を上げてコニールに別れを告げ、玄関の扉を開いた。


 ドアが閉まると、室内に取り残されたコニールは、直前にグリードが放った言葉を思い返す。


「グリード……」


 コニールは、天井を見上げ、更にその向こうにある天井裏の光景を思い浮かべながら、仕事とはいえ、自分のためにここまで尽くしてくれる男に、胸の内から込み上げる、恋慕とも愛情とも違う、今まで感じたことのない、慈しみにも似た思いを覚えたのであった。

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