第39話 退去
左手にはトランクケースを提げ、上下を褐色のジャケットとズボン、そして帽子でコーディネートしたグリードの姿は、さながら仕事へ向かうビジネスパーソンのようであった。
ただ、彼がその類の職種の者ではないということは、右手に握られている拳銃からも明らかである。
武器は現地で調達し、決して持ち帰らない――そんな信条を持っているグリードがなぜそのような行動を起こしているのか、その答えはさほど待つことなく訪れた。
先程まで繰り広げられていたダンとの格闘や発砲の音を聞いた為か、複数の足音が各方面から近づいてくる。
すると、グリードは足音の聞こえ方から粗方の方角を予測し、姿を現すであろう箇所を見据える。
「アニキ、どうしましたかっ!」
いかつい顔をした男たちが脇から通路へと飛び出てくる。
その手には、ナイフやらこん棒のような武器が握られており、すぐにでも襲い掛かれる準備がなされていた。
だが、グリードは想定済みであると言わんばかりに、素早く右腕を持ち上げ、銃口を男たちへと向ける。
「なっ、誰だお前……」
「こいつ、もしかしてアニキを――」
突如として姿を現した、見知らぬ褐色の服を身に着けた男に、男たちは反射的に足を止める。
問答無用で、出会い頭に襲い掛かっていたなら、勝機は十分にあったのだろうが、生憎にも見張りの男たちは、そのような迅速な判断力は有しているはずもない。
結果として、先制攻撃の権利は、銃を手にしているグリードから移ることはなかった。
数秒にも満たないわずかな間で狙いを定めたグリードは、男たちの最も大きな的――胸部に向けて無言で発砲をする。
乾いた発砲音と、硝煙の香り。
グリードの放った銃弾によって胸を撃ち抜かれたことで、飛び散る血しぶきと、通路に響く鈍い悲鳴、そして怒号。
間髪入れずに放たれた二発目の銃声に、通路はより毒々しいワイン色が広がり始め、その上に、男たちの肢体が糸の切られたマリオネットのように倒れ、こぼれる武器の音に混じって重々しい音を放った。
二人の無力化を機に訪れた、束の間の静寂。
グリードは眼前に重傷の二人が倒れているにも関わらず、表情をピクリとも動かすことなく、一旦手に持ったトランクケースを自らのすぐ横に置き、拳銃に弾丸を装填していく。
その間にも静寂は姿をくらまし、今度は二階から応援の足音が迫ってくる。
それでも、グリードは微塵も焦りの表情を見せず、装填の完了した拳銃を右手に握り直し、左手でトランクケースを再び持ち上げた。
「誰だっ!」
「侵入者かっ!」
「潰せっ、絶対に帰すなっ!」
度重なる銃声により、侵入者がただものではないことを悟ったのだろう、二階から応援にきた見張りの男たちは階下へ降りるなり、グリードの歩む通路へと一斉になだれ込む。
ただ、グリードは相変わらず焦りを一切見せず、むしろどこか気怠そうな表情さえ浮かべて、自らを逃すまいと集まってくる輩へと銃口を向け、次々と発砲した。
ある者は胸を、またある者は腹部を、また別の者は大腿を撃ち抜かれ、一切の攻撃も抵抗もできずに倒れ、もがき、苦しみ、動かなくなっていく。
「ふぅ……思ったより、少なかったな」
温存することなく銃弾を使い切り、応援組を一掃したグリードは、もはやただの障害物となった男たちの脇を抜け、ロベルト邸を後にしようとする。
しかしながら、見張りの男も、すべてが沈黙したわけではなかった。
幸運にも意識を繋ぎとめた一人の男。
さすがに立ち上がってグリードに反撃をするなどという芸当はできはしない。
それでも、一度は忠義を誓った自らのボスの邸宅に忍び込んだ悪漢を、何とかして捕らえようという思いだけは強く残っていたらしく、隣を素通りしようとするグリードのジャケットの裾を掴み、しがみつくように足止めを試みる。
予想外の抵抗を受けたグリードであったが、身体に感じたわずかな違和感から、男の行動を瞬時に察すると、右手に握ったままの黒鉄の塊で、男の顔を見ることもなく、袖に付いた汚れを振り落とすような動きで、男の頭を殴りつけた。
頭を強打した男は、瞬時に意識を失い、裾をつかんだ手を放す。
自らの退去を邪魔する者がいなくなったグリードはそこでようやく拳銃をその場に放り捨て、敷地の外へと向かって歩みを進めていく。
その足取りは、微々たる違いではあるが、幾分軽やかであった。
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