第38話 死を恐れぬ男

「撃つつもりか?」


 戦闘による興奮か、はたまた余裕か、グリードは自らに向けて照準を定められているにも関わらず、焦りや動揺といった感情を一切見せることなく、ダンへと尋ねた。


「脅しだと思うか?」


「――いや?」


 質問で答えを返すダンに、グリードは口端を吊り上げ、笑って見せる。


 すると、ダンも拳銃を構えたまま、グリード同様に口元に笑みを浮かべる。


 対立する者同士の間に生じた、奇妙な連帯感。


 だが、それもほんの一瞬で溶解し、二人は再び命を賭した戦闘へと身を投じる。


「じゃあ――消えろ」


 そう口にすると同時に、ダンは拳銃の引き金を、ためらうことなく引く。


 悠長に会話を続けていたこともあって、慌てて狙いを定める必要もない。


 考える必要があるとすれば、対象がどの方向へと避けようとするか、その進路を予測することくらいであるが、それほど悩む問題ではない。


 結局の所、狩りをするように、必死に逃げる標的を追い回し、最終的に仕留めればよいのだ。


 ただ、そんなダンの思惑を、軽く凌駕していくのがグリードという男である。


 グリードは驚異的な反射神経で初発の弾丸を身をひねって回避し、ダン目がけて一気に距離を詰める。


「くそっ!」


 ずっと攻撃のターンが続くと思っていたダンは、突然に迫ってきたグリードの姿に苦い顔をしながらも、その頭部を狙って二発目を発砲する。


 銃声が弾け、瞬間的に空気が震え、火薬の臭いが濃くなる。


 そして、距離を詰める間、ずっと銃口の向く方向を注視し続けていたグリードは、首を大げさに傾げて、二発目の銃弾をも回避していた。


「悪いな」


 ダンの懐ともいえる至近距離から、グリードは腕を伸ばし、拳銃へと手を掛けると、そのまま上方へと一気に持ち上げた。


 それは、自身の身の安全を確保しつつ、相手の攻撃手段を封じる、シンプルでありながらも並の胆力では実行しえない行動であった。


 一方のダンも、身に迫る危機は察知してはいたが、それでも拳銃を手放して反撃するという行動をとることはできず、結果的に大きな隙を作り出してしまう。


 それが、致命的であった。


 至近距離まで近づいたグリードは、がら空きになっているボディへと素早く拳を何発も叩き込む。


 一度攻撃がきれいに入ったグリードの拳は、持ち上げたダンの腕が降ってくる前に、幾度もダンの腹部へとダメージを与え、呼吸の隙をも奪い取る。


「がはっ……」


 執拗に突き抜けていく衝撃に、ダンは拳銃を手放し、わずかに宙に浮かんだ身体はくの字に折れ曲がる。


「あばよっ」


 それはダンの身体が床へと倒れ込むまでのわずかな間。


 その無防備な時間を見逃すことなく、グリードはとどめの一撃とばかりに、ダンの頭部――具体的にはあごから脳天に抜けるように、重い蹴りを食らわせた。


 それが決め手となったのだろう、ダンは床の上で大の字で横になり、起き上がることはなかった。


「俺の勝ち……だな」


 一度深く息を吐いた後、グリードはダンを見下ろす。


 すると、ダンは瞳だけを動かし、グリードを見つけると、乾いた笑いを浮かべながら、消え入りそうな声で語り掛ける。


「まさか……銃に真正面から突っ込んでくる奴が、いるとはな……」


「俺にとって、死は恐れるものではないからな。だからこそ、他の人間では恐れ、怯えてできないようなことも、躊躇なくできる」


「……ふっ、それじゃあ、まるで死に急いでいるみたいじゃないか」


「……とにかく、荷物は返してもらう。じゃあな」


 最後、ダンの言葉を無視して一方的に宣言をすると、グリードは部屋の奥に置かれていた、見覚えのあるトランクケースを手に取り、軽く持ち上げると、次いで机の引き出しを漁り、予備の銃弾を調達すると、そのままの足取りでダンの落とした拳銃を拾い上げ、部屋を出ていこうとするのだった。

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