第37話 逆転と逆上
「ほう、まだやるか……素直に引くなら見逃してやらんでもなかったがな」
初動においてグリードに手ごたえある一撃を加えたダンは、幾分余裕のある顔で挑発的な言葉を吐いてみせる。
対するグリードはというと、軽く鼻で笑った後、さして感情的になるでもなく、すべてを見通しているといった様子で応答する。
「たかが一発当てたからって何を勝った気になってやがる。これは遊びじゃねぇんだぜ? それに、引くなら見逃すだなんてわかりやすい嘘をつけるほどの余裕をかませるほどの実力差はないってことは、お前自身が一番わかってるんじゃないのか?」
「ふん、口では何とも言える。だが、その言葉を後悔することになっても、俺は知らんぞ」
「まったく、無駄にプライドは高いんだからよ……まぁいいや、そういう奴には、わからせてやるのが一番だ」
「――戯言を」
「――確かめてみるか?」
そう言い放つなり、グリードは自らの帽子を手に取り、ダンの顔目がけて思いきり投げつけた。
グリードの手を離れた褐色の帽子は、きれいに回転をしながら一直線にダンの顔面へと飛んでいくが、相手はそれを素直に受け止めるような男ではない。
ダンは、一時しのぎではあるものの、視界を制限した隙に攻撃を仕掛けようという攻め筋を瞬時に予測し、半歩程身を引いて来るグリードの攻撃を向かい打とうと試みる。
そして、飛んできた帽子を軽く腕で払いのけ、いざ対峙しようかという瞬間、ダンの視界に迫ってきていたのは、予想の斜め上を行くグリードの攻撃であった。
「――なっ⁉」
思わず驚きの声を上げるダンであったが、グリードはそんな一瞬の隙すらも許すまいと、距離を詰めながら手に持った何かをダンへと投げつける。
「言ったろ? これは遊びじゃないって」
グリードの手から放たれた、外部からの光を浴びて輝きを放ちつつも歪な形状をした、直前の戦闘にて割れてしまったナイフの刃であった。
セラミック製の刃は、切れ味こそあるが、技術的に強度はそれほど強くは作られておらず、本来の用途以外で使用するにはいささか不安のある品である。
それでも人間の抗争においては、相手に致命傷とまではいかなくとも、負傷させる程度は可能であるため、マフィアをはじめ多くの裏稼業に従事する者は大概この材質の刃物を携帯している。
故に、すぐに刃が割れて使い物にならなくなるといったことも多々あるのだが、今のグリードのように戦闘中に機転を利かせて再利用するような者を、ダンは見たことはなかった。
その経験や想像力、危険予知能力の差が、アドバンテージとして重くのしかかる。
「ぐっ……」
飛んできたナイフの欠片は、帽子を払った直後ということもあり、到底避けるなどできず、反射的に弾こうとしてしまったが故、ダンの左手には深い切り傷が生まれてしまう。
そこへ更に追い打ちをかけるべく、グリードは低い体勢から足払いをかけ、ダンの体勢を大きく崩した。
通常であれば、攻撃を受け止めるつもりであったこともあり、重心移動や軽い足のさばきで回避できた攻撃であったのだが、この瞬間ばかりはダンの意識は完全に上半身の防護へと向かっていた。
別段、それもおかしなことではない。
負傷を与えたことで左手の守りが薄くなるため、上段への攻撃が通りやすくなるとの予測は、当然の思考ともいえるもの。
その上で足払いをまともに受けてしまったという事態は、択を間違えてしまったという過失に過ぎない。
ただ、そんな状況においても、完全に転倒をせず、バランスを崩す程度に留めたダンの身体能力は、グリードの口から賞賛の言葉を引き出すには十分すぎるものであった。
「今のが効かないか。さすがこの組織でまとめ役を務めるだけのことはあるな」
「貴様、小癪な真似を――」
これまでの格闘戦から一転、明らかに毛色の違う飛び道具の登場に、ダンは露骨に怒りの感情を言葉ににじませる。
そして、体勢を低くしたグリードへ、お返しとばかりに体重を乗せた蹴りを見舞おうとするが、そこはグリードも無策ではなかった。
「戦闘中は、感情的になったらダメだって、常識だろ?」
グリードは迫りくる蹴りにタイミングを合わせるように、自らも足を突き出す。
すると、グリードの靴底が、丁度ダンの脛とぶつかった。
その衝撃にさすがのダンも苦痛を抑えきれず、よろめくように後方へと避難し、ダメージの残る足をかばう様に片膝を着きながら、グリードをにらむ。
「くそっ、もう、我慢ならん――腕は立つ輩だとは思っていたが、そのような態度でくるならこちらも手段など選ばんぞ」
「ほう、やってみな?」
ダンが膝を着いたところで、グリードはすっと立ち上がり、その顔を見下ろす。
その目つきに、ダンの抑圧された感情は一気に爆発した。
「うるさい! 終わりだっ!」
ダンは怒りに身を任せ、その場に立ち上がると、すぐ脇のテーブルの引き出しを開け、中から拳銃を一丁取り出すと、そのままグリードへと銃口を向けた。
「もう、手遅れだ。何を言ってもな!」
高揚した声でそう告げるダンであったが、対するグリードはその場で微動だにせず、ただじっと、その様子を哀れむような目つきで見つめていた。
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