第25話 鎮圧
明かりらしい明かりもない、暗闇の中。
じっと息を殺し、近づいてくる何者かを、どうにかしてやり過ごそうと試みるグリードであったが、その意をあざ笑うかのように、その足音は一直線に近づいてくる。
否応なしに、グリードの表情は険しくなり、いつでも戦闘状態に入れるよう、そっと体勢を変更する。
そして、両者がいよいよ最接近しようかという時であった。
「くそっ、さすがに限界だ……もう、その辺の壁でいいか」
それは、どこか切羽詰まったような男の声だった。
その様子から、どうやら用を足す場所を探していることをうかがい知ることができる。
また、手に周囲を照らす明かりも持ってはいない。
このままいけば、余程のことがない限りは感づかれることもないだろう――そんな推測をグリードが脳内に思い描いた頃。
塀の向こう側より、コニールの高くも響く声が飛び越えて聞こえてきた。
「どうかしたんですか? こっちは大丈夫ですよ?」
「この声は……もしかして、誰かいるのか?」
途端、男は我に返ったかのように、足を止め、周囲を見回す。
しかし、暗闇に包まれた空間は、人の視力では到底目当ての存在を見つけることなどできはしない。
必然的に、男は一周囲に潜んでいるであろう誰かを探すべく、止めた歩みを再開させる。
タイミング的にも、それが限界であった。
「――仕方ねぇ」
先手必勝とばかりに、グリードは暗闇の中、唯一ともいえる動いている人影目がけて一気に距離を詰め、できる限り死角となる位置より飛び掛かる。
「うおっ、何だっ、お前――」
突然訪れた衝撃に、男は驚き声を上げる。
グリードはその声に答えることはなく、素早く男の背後に回り、機械的に締め上げていく。
苦しさから男は手足をばたつかせ、何とか脱出を試みるが、グリードの腕はぴくりとも動かない。
「ぐ……が……がが……」
散々暴れ、助けを求めた男であったが、増援が来る前に意識を失い、ぐったりと倒れ込んだ。
「久々にやったが、案外いけるもんだな」
グリードは男の身体を地面に横たえると、軽く息を吐き、額の汗を拭う。
だが、安心する暇も与えまいと複数の足音が近づいてくるのをグリードは察知し、嫌そうに顔を歪めた。
「おいおい、そんな仕事熱心にならなくてもいいだろうに」
グリードの愚痴にも似た独り言に反応するように、増援組が警告の声と共に場に到着する。
「どうした、野党か⁉」
応援にやってきたということもあり、さすがに明かりもなしにといった都合の良い装備をすることもなく、先頭に立つ男は手にした松明を前へと掲げ、状況を確認しようとする。
揺らめく炎の灯に照らされ、周囲の様子がうっすらと映し出され、もちろんグリードの姿形までもが視認できるようになる。
そしてもちろん、足元に倒れている、仲間であろう男の姿も彼らの瞳に映る。
「こいつ――よくもっ!」
一瞬で状況を把握した男たちはグリード目がけて拳を振り上げ、距離を詰める。
松明を持つ男だけは、照明役として一人距離を置いてはいるが、そのおかげでグリードも戦うべき男の人数を把握することができた。
向かってくる男はいずれも素手であり、武器を隠し持っている様子はない。
迫ってくる人数は二人で、松明を持つ男が直接襲ってこないと考えれば、グリードの実力からすれば、相手が何らかの特殊な訓練を受けていなければ、十分に対処できるレベル。
それを確認するように、グリードはやや大げさに一歩踏み出してみせる。
だが、男たちはそれにひるむことなく、ほぼ同時にグリードへと一撃を食らわせようと、片や顔面目掛け拳を突き出し、片や動きを封じるために下半身へとタックルを仕掛けた。
その刹那、グリードは確信する。
「――なら、こうだ、なっ!」
タックルしようと前傾になった男の顔面目掛け、グリードは容赦なく膝蹴りを食らわし、一撃でその意識を混沌に落とす。
それから休むことなく、蹴り上げた膝を一度戻すと、そのまま地面につけることなく、まるでむちをしならせるように、今度は鋭く、自らの顔の高さまでハイキックを繰り出した。
「ぐふっ……」
相手の頭ごと、力でねじ伏せるように振りぬかれるグリードの右脚。
それをこめかみで直に受け止めた男は受け身を取ることもなく、その場に崩れ落ちた。
「ふぅ……きれいに決まったな」
納得のいく動きができたといったような、清々しさを感じさせる表情で、グリードは軽く足を振るう。
その所作と態度に、一部始終を見守っていた照明役の男は、実力の差を感じたのか若干引きつった顔をしながら、後ずさりを始める。
そして、ある程度距離が離れたところで身を翻すと、手にした松明を放って、暗闇の中へ駆け出す。
「おっと……そいつはいけねぇな」
グリードは転がった松明を手に取ると、真っ直ぐ逃げていく男の背中目がけ、勢いよく投げつける。
「ぐへっ!」
回転を繰り返しながら飛んでいく松明は、逃げる男の後頭部に直撃し、前のめりに転倒する。
「……わりぃな」
男の元までゆっくり歩き、近づくと、グリードは気絶している男のすぐ隣に落ちている松明を手に取り、適当な場所で火をかき消す。
再び訪れた暗黒の世界。
そこでグリードは一度明かりに慣れた目を、再度こらして塀の位置を確認しながら、わずかに助走をつけ、勢いよく灰色の壁に向かって跳ぶのだった。
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