第26話 住処
塀を乗り越えたグリードは、着地点に人の姿がないことを瞬時に確認すると、すぐ脇に積まれた資材の山を避けるようにして、躊躇することなく飛び降りた。
身の丈を超える高さから飛び降りたということや、足元が石造りの舗道であることもあって、さすがにきれいに着地というわけにもいかず、グリードは大きくバランスを崩す。
「よかった、無事で――」
足から伝わる痺れにグリードが苦悶の声を上げるより早く、コニールの朗らかな声が響き、グリードは反射的に顔を上向けた。
心配そうな顔をして近寄ってくる、都会的な街並みには不釣り合いな、土と煤に汚れた外套をまとう、整った顔立ちの少女。
その顔を直視すると、グリードは改めて表情を引き締め、すっくと立ち上がる。
そして、何事も無かったかのように澄ました顔をして、短く返答する。
「あぁ、慣れてるからな」
これまでと何ら変わらない、グリードの淡々とした態度にコニールは安堵の息を吐き、強張った表情を緩める。
「呼び掛けても中々現れなかったから、もしかしたらと思ったけど……杞憂だったわね」
「当たり前だ。そんなことより、移動するぞ。長居して誰かに見られたら色々面倒なことになる」
グリードは手早く話を切り上げ、なおも話しかけようとするコニールをスルーして建物と塀に挟まれた、暗く細い路地を先導して歩き始める。
「あっ、うん……」
人の気もほとんどない町の外周は、路地を照らす外灯もなく、二人の影だけが移動していることがぼんやりとわかる程度で、その霞のような人の輪郭と、相反するようなはっきりとした足音が、寂しげに広がっていく。
もちろん、その道程において、二人の間に会話が交わされるなどといったこともない。
片や、まるで機械のように単調に、一定のリズムでも刻んでいるかのような足音。
そして、それとは逆に、泥酔でもして千鳥足になっているかのような、不規則かつ細やかな足音。
それらが、宵闇の中、かろうじて浮浪者はいないものの、決して裕福とも言えない人々が住まう居住区を密やかに進んでいくのだった。
その後、しばらくして到着した先は、周囲に連なる集合住宅棟の隙間に取り残されたように建っていた、小さくも老朽化した一軒家であった。
「――入れ」
「それじゃあ……お邪魔します」
グリードに促され、コニールが恐る恐るといった様子で玄関のドアをくぐると、そこには外観からは想像もできない、シックで落ち着いた内装の部屋が広がっていた。
「凄い……」
部屋に置かれた家具や調度品は、コニール自身、見たことがあるものも多く、別段物があふれているだとか、バランスがおかしいだとかいうこともない。
むしろ、余計なものが置かれていないことで、設置されている品々の存在感がより一層引き立っているようにも見て取れるくらいだ。
それにも関わらず、コニールが驚いたのは、やはり建物の外観と、目の当たりにした内装とのギャップの大きさに尽きる。
また、置かれているソファやテーブル、自立式のランプに時計、コートハンガーまで、置かれているあらゆる物が、細やかな彫刻やら細部にまで凝った造形をしており、最上級の一品であることも、コニールが驚く大きな要因となっていた。
「これ、全部グリードが集めたの?」
さすがに驚きを隠しきれず、コニールは部屋を指さして、グリードに尋ねた。
対してグリードは、玄関脇に立てられたコートハンガーに、自らの褐色のジャケットと帽子を雑に掛けると、部屋の奥へと向かいつつ、コニールに告げる。
「別に驚くことじゃない。仕事をした時に、ついでに頂いたものがほとんどだ。あと、お前もその汚れた外套を脱いで、休め。さすがにそんな格好だとこの町では目立ちすぎる」
それだけ言い残すと、グリードはコニールへ目を向けることもなく、奥の部屋へと続くドアをくぐり、消えていった。
一人取り残されたコニールは、しばらく部屋を見回した後、少し悩んだものの、結局グリードの言葉に従い、玄関脇のコートハンガーの前で外套を脱ぐのであった。
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