第24話 塀を越えて

 トルカンの町は、主に西部に居住区、東部に商工業の区域が集まっており、カイセン鉄道の通る駅も、町の東端に位置している。


 そして、居住区の中でも上流階級の人間は北西部に、そうでない者たちは南西部に住み家を構えるというのが暗黙の了解となっていた。


 また、鉄道以外の方法でトルカンの、それも居住区へと向かうには北口、南口、西口のいずれかの門をくぐる必要があり、マフィアの首領――の手下の目をかいくぐって町の中へと侵入するには、北部から大きく迂回をして南口まで向かう必要があったのだった。


 もちろん、トルカンは決して小さな町というわけではなく、町を縦断する以上の距離を歩くとなれば、いくら体力に自信のある少女といえど、疲れ果てることは必然である。


 グリードに同行する少女――コニールもまた、長時間の移動、そして見張りに見つかってはならないという緊張感から、肉体的にも精神的にも疲弊していた。


「ねぇ、どこまで歩くの? ここまで移動するなら東側に回った方がよかったんじゃない?」


 明らかに疲れの見える顔でコニールは話しかけるが、グリードはさして感情を表に出すこともなく、淡々と答える。


「それは難しいな。さすがにそんな汚れた外套で街中を歩かれたら目立って仕方ないし、町の東側は平原が広がってるから見つかるリスクがでかすぎる。それなら、まだ隠れやすい西側を通った方がいい」


「だったら、そこまで馬で移動しても……って、足音で気付かれるとか、そういう感じの理由?」


「そうだな」


 グリードから返ってきた言葉に、コニールはがっくりと肩を落とし、うなだれる。


 しかし、すぐに顔を上げると、グリードの顔をキッと見上げ、刺すように一言、言い放つ。


「私にここまでさせるんだから、絶対に私の鞄、取り戻してよね!」


「……言うまでもない。仕事だからな」


 そう告げると、グリードはスタスタを歩みを進め、南口へ向かい延々と連なる、灰色の塀へと手を触れる。


「確か、この辺りかな?」


 一人、暗闇の中、何かを確認するようにグリードのつぶやきが流れてくる。


 そして、しばらくすると、グリードはコニールのいる方を振り返り、自らの居る方へ来るよう、手招きした。


「どうかしたの?」


「この辺りなら、塀を乗り越えれば、近くに俺のアジトがあるはずだ。手伝ってやるから、手を貸せ」


「そんなの……私、一応女なんだけど。乗り越えるためっていっても、グリードみたいな男であっても、身体を触らせるのは――」


「なら、このまま南口まで歩いて、そこからこの内側まで戻ってくるか?」


「……わかったわよ」


 渋々といった様子でコニールはうなずき、グリードに両脇から抱きかかえられるような形で、グリードの背丈よりも頭一個分高い、灰色の壁へとよじ登る。


「近くに建築用の資材が積み上がってるはずだから、そこから何とかして降りろ。済んだら俺も行く」


「何とかして降りろって……簡単に言うけど、こっちは初めてなんだからね」


 そう愚痴をこぼしながらも、コニールはグリードの言葉に従い、塀の上にしがみつきながら、資材置き場を探す。


 そして、それらしき場所を見つけると、自らの脚を塀の上へ乗り上げさせ、多少様子をうかがいながらも、塀の内側へと身を送ると、慎重に、しかし思い切りよく居住区の路地端へと飛び降りた。


「いいわよ!」


「おう」


 コニールの合図に、グリードも返事をし、自らもまた塀をよじ登ろうと、助走の為の距離を取る。


 そして、一旦深く息を吐き、呼吸とタイミングを整えようかという頃合いでのことだった。


「――っ⁉」


 何者かが近づいてくる足音に、グリードはとっさに身をかがめ、気配を消し、足音の正体を、そっとうかがう。


 そんなグリードの行動に気付いているのかいないのか、足音はどんどん大きくなり、茂みの枝葉が擦れる音まで混じってくる。


 距離としては、もう目と鼻の先と言って過言ではないほどにまで、近づいていた。

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