第23話 迂回

 草木の陰に身を隠し、宵闇の助けを借りながら、グリードとコニールはトルカン西口の様子をうかがっていた。


 その視線の先にあったのは、北口よりも広く、より立派に整備された石造りの街道が、松明の光によって照らされ、その先に数名の男が、何やら集まって話し込んでいる姿であった。


 その様子を目にして、コニールは険しい顔をしたまま、小声でグリードに話しかける。


「こっちの入口もダメみたいね」


 しかし、グリードにはそれも想定内のことだったらしく、別段表情を強張らせることもなく、どちらかというと億劫そうな顔をしながら、コニールへと返事をする。


「そうみたいだな。でもまぁ、こっちの方は最初から期待はしてない。このまま茂みの中を通って南口まで回るぞ」


 グリードはそう言うが早いか、迷うことなく動き出し、真っ暗な茂みの中をずんずん先へと進んでいく。


「――あっ、ちょっと!」


 コニールも、声量を限界まで押し殺しながらグリードを呼び止めようとするが、既に手遅れで、暗闇の中で今にも消え入りそうな、その大きな背中を懸命に追う。


 ただ、動きによどみのないグリードとは違って、コニールは多少体力はあるものの隠密行動の経験もノウハウも持ち合わせてはおらず、汚れた外套が幸運にも迷彩として機能しているといった利点のみを用いた、暗闇の中でなければすぐに見つけられてしまうような、ぎこちない動きをしていた。


 おかげで、意識の十分に行き届かない、外套の裾が低所の枝葉に擦れ、カサカサという音を奏でる。


「――今、何か物音がしなかったか?」


 見張りと思われる男の一人がコニールのいる茂みへと顔を向ける。


 瞬間、コニールは驚きのあまり思わず身体の動きを止め、その場に留まる。


 グリードも異変をすぐに察知し、同じく動きを止め、暗闇の中より見張りの男の動向を注視する。


「気のせいじゃないか? もし何か聞こえたとしても風の音か、野犬が動き回ってるだけだろう?」


「そうだといいんだけどな……まぁ、見るだけ見てくるさ。これで何かあったらぶん殴られる程度じゃ済まないからな」


「そうか、早く戻れよ。今日はちっと飲みすぎて眠いんだ。話し相手がいないと、そのまま寝ちまいそうなんだよ」


「それは自業自得だろうが。まぁ、すぐに戻るさ」


 軽口を言いあいながら、比較的和やかな雰囲気を醸しつつ、見張りの一人が茂みへと近づいてくる。


 コニールが音を立ててしまった茂みは、幸いにも備えられている松明から距離がだいぶ離れていたことや、立ち並ぶ木々のおかげで星の光も満足に届かないこともあって、真っ暗であった。


 しかも、見張りの男も手に明かりを持っておらず、応戦用なのだろう太い木製の棒きれのみを、自らの手の内でもてあそびながら、じっと目を細め、異変がないか首を回していく。


 それは、少しでも動けば確実に感づかれてしまうほどの。


 そして、少しでも男が足を踏み入れれば、容易く見つけてしまうほどの。


 限りなく近く、危険で、一切の予断を許さない距離でのやりとりが、意図せずそこに生じていたのだった。


 見張りの男は数度目線を往復させ、耳を澄ませる。

 

 コニールは呼吸の音が聞こえてしまうのではないかと、とっさに息を止め、心の中で早く戻ってくれるよう、じっと目を閉じ、こらえた。


「……やっぱり犬か何かだったか」


 元々確信があったわけではないこと、そして深く探索するだけの意欲はなかったこともあり、見張りの男はそう独り言のようにつぶやくと、くるりと身を翻して仲間の元へと戻っていった。


 離れていく足音に、コニールはホッと息を吐き、脱力する。


「大丈夫か?」


「……なんとか」


 コニール同様じっと気配を消して様子をうかがっていたグリードからの、身を案じる声に、コニールは幾分疲れた表情で笑って見せる。


「そうか。じゃあ、早く移動しよう。ここに居たらまたいつ見つかるかわからねぇ」


 グリードの言葉に、コニールは小さく頷き、今度は外套の裾が何物にも引っかからないよう、注意を払いながら、ゆっくりと移動を始める。


 そんな同行者を、グリードは密かに気に掛けながら、最初よりわずかに移動の速度を落としつつ、南口へと向かって進んでいったのであった。

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