第21話 多くの憂鬱と少しの意欲

「――んっ?」


 橙シャツの男が、戦闘の最中であるにも関わらず、その動きを止め、背後を振り返ったのは、そこから発せられた、ただならぬ気配を機敏に察知したが為であった。


 そして、その予感は見事に的中し、男の真正面には、グリードの放ったナイフによって、繋ぎ止められていた紐を切られ、今にも飛び出てこようとする馬の巨体が迫ってきていた。


「うおぉぉっ⁉」


 自らの背よりも高く、強靭な馬の体躯に、橙シャツの男は本能的に逃げ出そうとするが、気付くタイミングが遅かったこと、そして馬の迫力に気圧され、身体が一瞬ではあるが委縮してうまく動くことができなかったことから、完全に回避することは叶わず、半身を前脚に蹴り飛ばされる形で、弾き飛ばされた。


 ただ、人間を一人轢いたところで、馬の突進が止まるわけもなく、いまだに興奮状態にある馬は、ひたすらに前へ前へと向かって全力で駆け抜けていく。


 一方、それを仕組んだ張本人――グリードはというと、一人素早く現場から離れ、馬が集落の中を駆け抜けていく様と、残された空間で無残にも横たわる襲撃者たちの姿を、退屈そうな目つきで眺めていた。


 そして、グリードは現場の安全を確認すると同時に再び酒場付近へとゆっくり足を運び、まだ意識のある男どもの傍まで近づき、ためらうことなく、その意識を無へと返す。


「あの、大丈夫ですか? 今、馬の凄い鳴き声が聞こえましたけど――」


 ちょうどグリードが襲撃してきた男どもを完全に沈黙させたところで、酒場の入口から勢いよく飛び出してきた少女、コニールが心配そうに声を上げる。


「あぁ、心配ねぇよ。今しがた片付いたところだ」


 グリードは扉の陰からひょこっと顔をのぞかせるコニールをチラリと見やると、足元に転がっている赤シャツの男の身体を、つま先で軽くつついて見せた。


「これ……本当にグリードが一人でやったの?」


 コニールはしきり左右を確認し、そこに転がる男たちの肢体を視認しながら、恐る恐るといった様子でグリードの元へと近づいていく。


 対してグリードは赤シャツの男の身体を軽くまさぐり、何かしら手がかりになりそうなものがないか探ってみるが、それらしきものは見つけることができず、深くため息を吐きながら、再び立ち上がる。


「ま、そんなとこだ……確証はないが、言動から考えて、列車で突っかかってきたあのマルクだったかっていう男の仲間だろうよ」


「それって、もしかして私たちを追って、この町までやってきたってこと?」


「違うとは断言はできないが、その可能性は低いな。これは追ってきたというより、この周辺にいる仲間に片っ端から連絡でもして、見つけ次第始末しろだとか、そんな感じの指示でも出してたんだろう。そうでもなかったら、こんな短時間で襲撃なんてありえないからな」


「……言われてみれば確かにそうね。あの列車から追ってくるにも、移動手段も奪っちゃったわけだし、ここに滞在してるだなんて情報、聞いたところで、ここまでやってくるには時間がいくらあっても足りないもの」


 グリードの推察に、コニールは幾分感心した様子でうなずき、同意の意思を見せるが、グリード本人の表情は決して明るくはなく、むしろ露骨に面倒くさそうな顔を見せる。


「……ねぇ、どうしたのよ、グリード。とりあえず撃退はできたんだから、問題はないでしょ?」


 顔を下からのぞき込むような形で、コニールはグリードが浮かない表情をしている理由を尋ねた。


 すると、グリードは今日何度目になるのかわからない、深いため息を漏らしながら、やはり今度も気怠そうな様子で、答える。


「お前なぁ……まぁ、いいや。ここで襲われたってことは、他でも襲われる可能性があるってことだ。つまり、面倒な……もとい、余計な争いが増えるって考えたら、憂鬱にもなるだろう?」


「――でも、グリードは仕事の為なら、しっかり任務を遂行してくれるんでしょ?」


 がっくりと肩を落とし、嫌そうな顔をするグリードであったが、それをすぐ近くから、屈託のない明るい表情で断言してくるコニールを目にして、一旦口をつぐみ、気まずそうに頭を掻きながらそっぽを向きつつ、答える。


「……まぁな。ま、ここで突っ立ってて、また同じような輩に襲われても面倒だし、もう行くぞ。この辺のどこかに、あいつらが使ってる移動手段が何かしらあるはずだしな」


 そう言ってコニールから逃げるように、そそくさと歩き始めるグリード。


 その背中を眺めること数秒、コニールは何かを察したかのように表情を緩めると、グリードの後を追って元気よく駆け出すのだった。

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