第19話 少女、コニール

「まぁ、トルカンまでだったら、こいつも頑張ってくれるだろう」


 桶に汲まれた水に口をつける馬の首筋を優しく撫でながら、グリードはつぶやく。


 その傍らで、少女――コニールは不安ともとも焦燥ともいえない、曖昧な顔つきでその様子を眺めていたが、すぐに頭を振り、平静を装った表情を作り直す。


 もうすぐ日が傾こうかという時間帯でありながら、集落の敷地内には閑散としていて、吹き抜ける風が土埃を巻き上げる程度で、人影もほとんど見られない。


 その光景が、まるで世界に自分たちだけが取り残されてしまったかのような気分に錯覚させ、元より不安定であったコニールの感情をより一層強く揺さぶっていく。


 コニール自身も、普段以上に動揺しているという自覚はあるらしく、何かしら行動を起こして気を紛らわせようと、グリードへと語り掛けていた。


「ここに来るまではドタバタしていて何とも思ってなかったけど……あなたって、馬、乗れるのね」


「……まぁな。馬に乗れでもしないと、満足に移動もできないからな。そうなると仕事にも支障がでる」


「それって、こういう鉄道が通ってない場所に来たりだとかする時に困るからってこと?」


「ま、そんなとこだ。できることなら、馬じゃなくて、手軽に使える個人用の汽車みたいなものが出てきてくれたら楽なんだがな」


 そう口にすると、グリードは肩をすくめ、乾いた笑いを上げた。


 ただ、その後グリードはすぐに表情をマジメなものへと瞬時に切り替え、コニールへと向き直り、その顔を正面から見つめ、若干強めの口調で続ける。


「ていうか、お前……結構口が悪いって言われねぇか? 一応そこそこの家のお嬢様やってんだったら、少しくらいは年上に対する敬意ってもんを見せて欲しいものだけどな」


「元々こういう性格なのよ。……まぁ、見知らぬ人たちの前では、淑女であるよう努めてはいるけど」


「じゃあ何で俺の前だとそうなるんだよ」


「えっ? もしかしてグリード、私にそういう風に話してほしいとか思ってたりしてる?」


「バカ、そういう問題じゃなくて、一般論としてだな――いや、待て」


 声を荒らげようかというタイミングで、グリードは突然会話を区切り、周囲の様子をうかがい始める。


 元より人気ひとけの少ない地域であり、誰かがやってくればすぐに目につく程度には、建物も少なく、視界も開けている。


 また、完全に日が落ちていないこともあって、コニールは不思議そうにグリードへと尋ねた。


「別に何か変なところなんてあるように見えないけど、どうかしたの? まぁ、人が少ないっていうんだったら、同意はするけど――」


 後半部分を冗談めかして笑いを誘おうとするコニールであったが、それでもグリードはクスリとも笑わず、警戒を解くこともなかった。


 そんなグリードの態度に、コニールはあからさまに不機嫌な顔をする。


 もちろん、グリードの行動はただのイタズラなどではなく、何かしら理由があってのことだとはコニール自身も察してはいた。


 だが、その理由を話してくれないということが、不満であった。


「ちょっと、聞いて――」


 その瞬間であった。


 それまで穏やかにしていた馬がしきりに周囲を気にし始めた。


 そして、まるでそれが合図であるかのように、建物の裏手側からちょうど二人の虚を突くように、小柄な人影が鉄砲玉のように飛び出してくる。


「えっ⁉」


 グリードの視界の外――そしてコニールの視界の真ん前に現れた謎の人物たちの存在によって、閑静な集落に甲高い女性の悲鳴が響き渡ったのであった。

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